第5話 感じた数日(2006年8月)

私はこういうものを書いている身なので、「凝る」という事が好きなタチである。
その代わり飽きっぽい。
ダーッと集中して何かをやる、それが軌道に乗ったりダラダラしたりすると無性に別の事がやりたくなる。
好奇心に集中力が負けるのだ。
私の履歴書に書けるスキル(金を稼げるであろう技術)として、機械設計、電気設計、ソフト設計、工程改善、エッセイ執筆、この五種が挙げられるが、周りの同年代を見渡すに幅広い方だと思っている。
これはまさに飽きっぽさの賜物で、飽きて別の仕事を求めたからこそ得たものである。
ただ、それぞれが薄い。
その道数十年のベテランから見れば、私の持つスキルなどはスキルと呼べるものではないのかもしれない。
だが、その分野の話をするにはじゅうぶん足るし、ベテランたちが知らない世界を知っている強みがある。
また、今では前述の業務にも飽き、今度は営業という広域な職に就いてみたが、就いてみて色々なものが密接に関わっている事に気付いた。
世の中に無駄な学びというものは存在せず、履歴書に書けるくらいの何かがあれば、どこかで必ず活きるのだ。
こんな事があった。
会社の行事に向けて、プロジェクトX風のビデオを作ってくれと依頼があった。
人様の結婚式の時には、よくスライドショーを作っていたし、プロジェクトX風であれば二度ほど作った事がある。
「徹底的にやってもいいならやります」
ここでも凝る性格が前面に出、仕事として全力を尽くす約束で受けた。
数年前、QC発表をドラマ風に仕上げた時、
「そこまで凝らんでいいっ! お前はそれに何時間かけたっ!」
そう怒られ、
「凝らん仕事の何が楽しかとですか?」
喧嘩した経緯があったからだ。
今回の上司(社長)には了解してもらったので、気合を入れて取材し、シナリオを書き、イメージに適う動画を撮り、写真を集めた。
放映時間は凡そ40分、ほぼプロジェクトXと同じ時間であるが、一人作業は思ったよりも辛かった。
40分というと大した時間ではないように思えるが、映像の変化が少ないと紙芝居のようになってしまい、実につまらない。
凄まじい数の静止画と動画が必要だった。
「福山君はいいねぇ、そういうのが仕事になって」
皆はそう思ったろうが、だったら作ってみればいい。
私はこの仕事をやりながら、安請け合いした事、それも「最高の作品に仕上げる」と言い放った自分自身を呪った。
だが、冒頭で書いたように凝るタチなので挿入画像は妥協せず、社屋写真が必要であれば航空写真を求め、ラジコンマニアの親父に、
「ヘリから撮って」
そう頼み、それが叶わぬと分かれば、見晴らしのいい新田大橋に走った。
だが、ラジコンヘリから航空写真を撮る事業は数年前に失敗したらしく、既に撤退しており、新田大橋からは会社が見えなかった。
ならばという事で、1キロほど先にある巨大な米倉に走った。
周囲を見渡すに、高い建物はそこしかない。
「上から写真ば撮らせてください、1枚でよかけん」
そう言うと、
「責任者がおらんけん出直してきて」
若い兄ちゃんがそう返す。
言われた通り出直してみた。
すると、
「農協から部外者は入れるなと指示されている」
責任者、そんな事を言う。
「じゃ、農協に掛け合う」
そう言い残し、今度は農協に走った。
「局長がいない」
「上から禁止と言われてるもんは仕方ない」
農協の人たちも揃ってそんな事を言う。
「だったら誰に聞けばいいのか!」
こちらもだんだんムキになってきて、こうなったら県でも国でも乗り込んでやるという荒々しい気持ちになってきた。
結局は農協の次長が困惑する私を見かね、
「地元の企業ばないがしろにするわけにはいかんたい」
そう言って次長自ら車に乗り込んでくれ、米倉の上まで案内してくれたわけであるが、それが後々に繋がった。
車中、
「ファインテックはどんな仕事をやっているのか?」
そういう話になり、精密加工や研磨の話をすべきであったが、してもつまらんと思い、
「りんごの皮剥き機などを作っている面白い会社です」
適当にそう答えた。
「じゃ、いつか見せに来て」
そう言われたので、その翌週には持って行き、農協で披露したところ、それを見ていたギャラリーの一人が数日後に近所の農家を紹介してくれた。
近所の農家は私の顔をまじまじと見、こう言った。
「あんた、何でもできる設計屋なんだろ?」
農協の方が私やファインテックの事をどう紹介したのか知らぬが、「何でも」とは実に広い。
よく分からぬが、
「はい、何でもできると思います」
そう答えた。
すると、ドライアイス製造機とアイスクリーム充填機を作って欲しいという。
作るのはいいが、むろん、そういうものを作った経験はない。
正直に伝え、失敗するかもしれないという事を臭わせたが、
「やろうじゃないか! 金は払う!」
実に男気溢れる回答が返ってきた。
男として、技術屋として、こういった依頼は奮い立つものがある。
すぐさま自分の持ちうる限りの情報を集め、構想図を書き、手持ちした。
男気のある農家は男らしい男であるゆえ、納期と姿勢に厳しい。(想像)
何事も迅速にせねばならぬ。
更に、アイスの名を冠した設備を秋や冬に納めたところで何も始まらぬ。
部品加工の時間を考えると、本当に時間がなかった。
図面が農家の構想を具現化し、話が詳細な方向へ流れるうちに、とある人物の事を思い出した。
その人物とは鉄板を螺旋状に寸分の狂いもなく曲げるという人で、熊本県の工業大賞をとっている大物技術屋である。
(その人の螺旋板を使ってアイス充填機ができないか?)
思い立ったその瞬間、電話をかける自分がいた。
アポを取り、構想図を片手に乗り込んだ。
その人は予想以上にお歳を召されていて、見た目、七十を超えているのではないかと思われた。
「よいしょ」って感じの挙動であったが、技術の話になると、
「むむっ! 目の付け所がいいっ!」
その瞳が爛々と輝いた。
何やら私が使おうとしていた「その案」を先方も温めていたらしいのだ。
「絶対に秘密ね」という事で、螺旋の面白さを色々と語ってくれ、極めて有意義な時間を過ごした。
私も肥後もっこす、その人も肥後もっこすである。
福岡で「肥後もっこり」という風俗店を発見したが、そんな事はどうでもいい。
大いに盛り上がった。
「大先輩、熱かですねぇ」
「いやぁ、おたくも熱か」
熱のないところに火は生まれぬ、大いなる発展性を感じた瞬間であった。
さて…。
そんなこんなで現在アイス充填機とドライアイス製造機を製作中だが、そこへ至るまでの過程を辿っていくと、ものを書くというスキルがあったから歴史ビデオの製作依頼を受けた。
機械設計・電気設計というスキルがあったから「何でもできる」と誤解され、前述の注文を頂いた。
そして、営業をやり始め、新しいところへ飛び込むのが苦にならなくなったから、いい技術屋との出会いに繋がった。
今後どう転ぶかは誰も分からぬが(どん底に転ぶかもしれない)、とりあえず上の例でいくと、どれが欠けていても今に繋がらない。
(人間、研鑽を怠ってはいけない…)
その事だろうし、最大の悪は動かない事、その次の悪は受身でいるという事だろう。
動けば何かが起こる。
美空ひばりじゃないが、人生って素晴らしいではないか。
ちなみに…。
歴史ビデオの製作依頼を受け早1ヶ月、2週間目で飽きてしまった私、それから手付かずの状態で今もパソコンの中にある。
物事にはいい面もあれば悪い面もある。
飽きっぽいの恩恵、そして側面…。
人生いろいろ人間いろいろ、仕事を任せる側はそういう特徴を見極める必要があるのかもしれない。

密やかな追記…。
柳川の夏と接し、阿蘇恋しの感、ここに極まれり。
願わくば、阿蘇からファインテックに通いたい。
叶うはずもない、家族総意の願いである。
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ファインテック周辺(柳川市間)の景色。




中央にあるのがファインテック。奥に見える巨大な建物は大川の高木病院。