第91話 痛風座談会(2013年12月)

健康診断の結果が来なかった。嫁には来ていた。村に尋ねたら「指導したいので取りに来い」と言う。
指導の内容は分かっていた。
「太り過ぎ!呑むな!食うな!運動しろ!」
過去に指導を受けた事もあり凡そ察しが付いた。嫁に行ってもらった。が、嫁は手ぶらで帰って来た。
「直接指導したいので週末伺います!」
追い返されたらしい。
保健士は女性であった。嫁と同年代の女性で喋り口に熱があった。口角泡を飛ばす勢いで私のダメな数字を指摘され、その対策も説明してもらった。やはり「呑むな・食うな・運動しろ」それに尽きた。
一通り話を聞き、私も嫁も反省し、
「肉を減らそう」
そういう話になった。次いでホルモンをよく食べるという話になり、地元消防団の話になり、この集落は痛風が多いという話になった。このあたりから保健士がヒートアップしてきた。前のめりになってきた。
「痛風が多いのですか?」
「はい、消防団は痛風のメッカです」
「経験者もいらっしゃいますか?」
「今リアルに経験している者と経験者を見て怯える者、両者います」
「話が聞けますか?ムフー!」
女性保健士、何やら興奮してきた。色んな病気を知識として得ているが、やはり生の声が聞きたいらしい。
「痛風の経験談ですか?聞けると思いますよ。でも、そういうのはシラフで話す事じゃなく呑みながら話す事で、そう、プリン体オフを呑みつつ怯え怯えて話す事で」
「次の消防はいつですか?お邪魔したいです!」
「来週だと思います、でも夜になりますよ」
「昼でも夜でも大丈夫!私、伺います!是非、痛風の話を聞かせて下さい!」
「マジで?」
「はい!マジで!マジで痛風の話を聞かせて下さい!」
「・・・」
「ここに電話番号書いときます!段取りが付いたら電話下さい!」
保健士は帰った。帰ったが熱は残った。
「痛風の話を聞かせて下さい!」
彼女の言葉が木霊した。有史以来、これほどまでに痛風を追いかける女性がいたろうか。
「追いかけて痛風」
吉幾三に歌って欲しい見事な響きであった。

 逢いたくて、恋しくて、泣きたくなる夜♪
 そばにいて、少しでも、話を聞いて♪
 追いかけて♪ 追いかけて♪ 追いかけて痛風♪

私は多忙になった。やりかけの仕事があったがそれどころではなくなった。
熱く変わった人物が大好物であった。「追いかけて痛風」に応えたい。仕事より家庭より痛風座談会の段取りが優先であった。
まずは消防団に確認する必要があった。フェイスブックという便利なものを駆使し、消防キーマンに承諾を求めた。その過程で、
「俺は糖尿持ち!血糖書付き糖尿持ちも参加するぜ!」
そういう人も現れた。題目が痛風座談会(+糖尿)に変更された。
場所が確保され、痛風予備軍の承諾も得た。
次は痛風経験者の確保。消防OBに打って付けの人がいた。痛風の恐怖を語らせたらこの人の右に出る者はいないだろう。あらゆるタイプの痛みと対策を蜷川幸雄真っ青の情熱的演出で語れる人であった。
電話帳を見た。電話番号が入ってなかった。経験者の勤務先は近所の農協であった。
「よしっ!」
昼飯時を狙って走った。乗り込んで承諾を得、走って戻った。
隣で嫁が笑っていた。なぜそこまで燃えるのか、なぜ走る必要があるのか、色んな点が意味不明らしい。
「燃えた男は走らねばならぬ!走って走って火に油を注ぎ大炎上させるのだ!」
種火は「追いかけて痛風」保健士の熱は完全に飛び火。既に炎上。色々巻き込み大火災であった。
数日経った。
私は痛風座談会(+糖尿)を生きる醍醐味に書いてやろうとペンを舐め舐めその日を待つ身であった。日常は静かであった。と、その時、静かを切り裂く電話が鳴った。
「研修が入ったので座談会は延期にして下さい」
保健士からであった。
「は?」
頭が真っ白になった。「は?」以外に応えようがなかった。
消防団は身構えていた。フェイスブックは大賑わい。次の消防、そのテーマは「痛風」で決まっていた。
「痛風を語りながらビールにホルモンだー!」
「保健士に消防団の不摂生を大告白だー!」
「痛風座談会バンザーイ!」
(この盛り上がりに水をさせる?)
私にはできない。どうすればいいのか。
経験者も「ツウフウ」という文字列を何度も発し練習したに違いない。その大先輩に中止の連絡を入れねばならない。痛い。心が痛い。保健士は風の痛みに敏感でも心の痛みが分からんのか。
「中止ではなく延期ですから」
「中止でお願いします!」
燃える段取りに延期はない。それ即ち中止であった。
勢いで段取ったものを再構築しても別物になる。痛風座談会(+糖尿)はこの時点で消え落ち、次回同じようなものが企画されたとしても痛風公聴会とか別物になるだろう。
昼は気が乗らず、夜を待ち全員に謝った。その後、酒を呑み呑み一つの風景を追いかけた。
熱のあるマジメな保健士が消防詰所に上がり込み酔った男の痛風談義をメモっている。
「痛風って、そんなに痛いんですか!」
「痛いなんてもんじゃない!これがこう、こうなると、ギャー!」
「な!なるほどー!」
私は談義の隅っこで米焼酎の湯割を呑むだろう。チビチビ呑んでニヤニヤするに違いない。
「非日常ですなぁ」
追いかけて雪国は夢。追いかけて痛風、これもまた夢。
夢追い酒で今日も暮れた。
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