第115話 僕の仕事(2016年3月)

僕の仕事はモノづくり。他と何が違うって、一人でやってる事と、
「こんな感じに作って」
ザッとした依頼で着手する。それがセールスポイント。
大抵のモノづくり屋は仕様書がないと請けない。仕様書は責任の分担書。
「それがないとズルズルいって潰れるよ」
モノづくりの先人にたくさん助言を頂いたけれど、それをさらりと聞き流し、個人のふわりとした依頼で飯を食いたいと思った。
「きっと食える!食ってみせる!」
そう思って9年目、やっとそれが危険な事だと気付いた。
先人が言うように仕組としても危険だが、僕の性格も危険で、こんな事をやってたら記念すべき10年目に潰れてしまう。
嗚呼、潰れたくない。僕には嫁と子がいる。子が成人するまで11年。嫁の老後も考えて後20年ぐらいはモノづくり屋を続けたい。
書類嫌いで何でもかんでも口約束で作り出し、モメるの面倒、カネ払わんと言われたらサッと引く。面白そうだと分かったら赤字でもやっちゃう。やらずにはいられない。
「僕はバカだ!潰れるぞー!舵を取れー!」
同じ轍を踏まぬよう色んな事例を紹介し、自戒としたい。


(1)直線往復構造マシン

「こういうのを作って」と初対面の御婦人に言われた。



危険な臭いしかしなかったが面白そうなので話を聞いた。すると意外とシリアスな話で福祉関係の遊具だった。
上の仕様書(漫画絵)の通り中央の何かが動くらしい。
「この何かは何ですか?」
「ここに筆とか棒が付くの!絵を描いたり太鼓を鳴らすの!」
「えーと、筆とか棒が往復すればいいんですね?」
「そうそう、そういう感じ!そういう感じで20センチ動くの!」
「200ミリですね、他には?」
「そうね、スピードも調整したいわ、力も調整したい」
「調整っていう機能は意外と金かかりますよ」
「だったら調整じゃなく、強い、弱いの二段階でもいいわ、ピュッとピューよ、ドンとトンって感じ、分かる?」
「はぁ、分かるような分からんような、で、お幾らぐらいを想定されてますか?僕はこういう仕事で何度も痛い目にあってますので値段ありきでしか進めません」
「値段?私に聞いても分からないわよ!逆に幾ら?」
「この情報じゃ何とも言えませんが、そうですね、5万円ぐらいは」
「5万!高い!3万はどう?」
「・・・」
「とにかく作ってよ!色んなところに相談してるけど誰も作ってくれないの!これ会社のカネじゃなくポケットマネーで作るんだから!」
「うーん、じゃあ3万円という線で進めましょう、まずは検討します、材料費さえ出ればやります、無償で図面描きますので、図面を見て、やるやらないを決めましょう」
個人依頼の危険なところは熱が凄い。本当に作りたいんだなというのがビンビン伝わってくる。しかもここへ来る前に何度も断られているケースが多く、軽く断っても軽く流される。お金の件に関しても例えば5000円と言うてくれたら即断るけれど先方に経験値があるため微妙な線をついてくる。
「3万円かぁ、材料費は出るかなぁ」
そう思っているところに「これはポケットマネー」という熱い一言。結局、俺がやらずば誰がやる的興奮が乗っかって連絡先を聞いてしまった。
自宅に戻ってからも苦悶は続いた。図面を描きつつ夜な夜な電卓睨めっこ。
「調整可能を考えると電動化が一番だけど電動化は予算的に論外、やっぱエアシリンダがシンプルだよなぁ」
部品を積み重ね概算を見ると、ぜんぜん3万円じゃ足りなかった。倉庫に走って中古のシリンダを探した。100ミリストロークしかなかったので、それを使う方向で図面を描いた。



図面をメールで送った。すぐ電話が鳴った。御婦人は図面の見方が分からなかった。「この図面を説明して欲しい」と言われた。
「えーと、右上が正面だとすると、その下が横から見た図になります、左が上から見た図、えーと、どっち向きで使うかは人それぞれって言うか、仕様書に書いてましたよね、縦、横で使うって、えーと、ストロークは予算の関係で100ミリに、あー100ミリじゃダメですか、そうですか、そうですよね、ならば、この構造で良いかだけ検討頂けます?え?図面の見方がぜんぜん分からない、エアシリンダも意味不明、ですよね、うーん」
電話を切った。
電話だと言い辛いのでメールで予算オーバーを告げた。更に「仕様がサッパリ分からん」「後出しで機能追加を言われると困る」その事も告げた。すると次の漫画絵が来た。



筆と太鼓の絵が付加され、中央には文字列で「電力の弱いセンサースイッチでも大丈夫な電圧にして下さい」と書いてあった。意味不明だった。今度はこちらから電話して文字列の意味を問うた。
なるほど。これを使う子供は障がい児で手先数ミリしか動かないらしい。それを非接触センサで感知して200ミリの直線運動に変換するそう。
更に仕様が追加された。これ以上はムリだと思った。
「大幅に予算を超えますので、これ以上はやめましょう」
珍しくちゃんと断った。が、御婦人は「お願いします」を連呼された。断れなかった。断る話をしていたはずなのに、いつの間にかエアシリンダの説明をしていた。技術の話が一つも伝わらなかった。
モノづくり以外の現場、例えば福祉・医療・農業などの最前線は数字や図面を嫌う人が多かった。事前の資料が全く通じずモノで会話するしかなかった。そのモノ、つまり叩き台の代金は誰が負担するのか、僕じゃない、そちらの職場、公的機関、御婦人、色々とやり様はあるはず。電話で長々話した。が、お客様は「作りたい」の一点張り、結局、
「ええい分かりました!僕が叩き台を作りましょう!」
色んな事が面倒になって請けてしまった。
「とりあえず作ると言った以上200ミリのそれを作りますんで、それで話をしましょう!金額は3万円!モノを見て買う買わないを決めて下さい!」
電話を切った後、勢いで図面を描いた。



部品も注文した。通常は材料表を書いて部品代を計算するけれど、それは悲しくなるのでやめた。



モノができた。自分で言うのも何だが見える仕様に関しては、書類、口頭、全てを満たし完璧の自負があった。
使用者の手先は数ミリしか動かないとの事だったので非接触の光センサを入力とし、移動速度はエアの流量制御で調整、力に関しては元圧を調整する事で可能とした。(動画はこちらを参照下さい)
早速見てもらった。依頼の御婦人は同業の友達を連れて来られた。盛り上がった。
「いいわ!この動作よ!これこれ!この感じが欲しかったの!」
動きは申し分ないらしい。が、急に真顔、テンションが落ちた。
「でもね、決定的にダメなところがある、コレよ」
動源のコンプレッサーがダメらしい。黙って説明を聞いた。
そもそも、これを使う場所は病室だそう。コンプレッサーは小型でもまぁまぁ音が鳴る。小型でもまぁまぁ重い。医療機器に影響を与えそうで病室に運べないと言う。
「コンプレッサーって、もっと小さくて、もっと静かなものだと思ってたわ、このシュッシュッて音も医療機器に影響を与えそうで怖い」
太鼓を鳴らす遊具に音の問題があるのか。ドーンはいいけどシュッはダメらしい。
「やっぱりシリンダっていう機械じゃダメね」
カラクリ屋は立ち尽くし、二人の声を黙って聞いた。
「次は電動で同じ感じの遊具を作ってよ」
沈黙を解いた。
「次は予算がなきゃやりません、やれません」
今度は言えた。やっと言えた。そもそも電動に替えても動作音が止む事はない。今度はシュッがウィーンになる。
「それは大丈夫ですか?」
「作ってみなきゃ分からない」
「で、結論ですが、この機械どうします?」
「いらない」
僕のお金と時間はそうして果てた。


(2)直線往復構造のその後

残った機械はどうなるのか。使えるところがなければ部品取り、もしくはゴミになる。これまでの経験上ギリギリまでカタチを残そうとするけれど、大抵保管場所がなくなってバラされる運びとなる。
今回はどうなったのか。稀な事だが新たな命を宿した。
病院関係の人たちと呑んでいたら「しゃっくりにビックリは効くのか?」という話題になった。ある医者は「全く効かない」と言い、ある看護師は「たぶん効く」と言い、あるカラクリ屋は「さっぱり分からん」と言った。
「どうなのカラクリ屋?しゃっくりストップマシーンを作って検証したら?」
そういう流れで図面を描いた。



ETみたいに指を合わせると猛烈な勢いでアゴが200ミリ下がる。ロボ大絶叫。ビックリしてしゃっくり止まる。そういう構想だった。
この図を皆に配り、
「本当に作るの!やるじゃん!」
褒められたいと思ったが図面より実物の方がインパクトあるに違いない。詳細設計に入った。が、思いとどまった。
僕には経験があった。夜な夜な酒呑み図面描き、むふむふしながら作ったモノは碌な事がなかった。僕はその事を痛いほど知っていた。
「また同じ事をやるの?それでいい事あった?」
自分自身に問うてギャフンとなった。作っちゃいけない。走馬灯のように過去の事例とその顛末が思い起こされた。



























































確かに碌な事がなかった。が、楽しかった。今回も楽しいに違いない。モノづくりはお金の事を考えないと凄く楽しいのだ。
製図の手が動き始めた。図面展開は止まなかった。うっかり部品も注文してしまった。子に見付かるまでは内緒にしておこうと思った。が、春休みだった。不意の乱入であっけなく見付かった。



「ママー!おっとーがまたヘンなの作りよるー!」
「殺せー!」
嫁も子も冷たかった。
僕は叫んだ。叫びたかった。家族に全く届かなかった。
「きっと医療の役に立つ」
「しゃっくり研究に寄与する」
「一緒に呑んだ人たちも喜んでくれる」



届いたのは一言だけ。
「ごめんなさい」
直線往復構造に新たな命が宿った。


(3)手動式フードカッター

モノづくりの依頼を分類すると3パターンに分かれる。
本当に新規設計の必要があるパターン、既製品がある事を知らないパターン、既製品を知ってるけれど高くて買えない安く作れというパターン。割合は1:3:6で「今あるコレを安く作れ」が圧倒的に多い。が、それらは基本断っている。普通に考えて一点物で量産品に勝てるわけない。勝てるなら工場なんて面倒臭いもん誰も持たない。生産技術を確立し、量産しないと値段も下がらずモノも売れず利幅も出ない。ゆえ、みんな嫌々工場持ってパートや工員をなだめ、同じものをたくさん売ろうとする。
今回もそういう依頼だった。「業務用のフードカッターを安く作ってくれ」と言われた。フードカッターは色んなメーカーが出している。一匹狼のカラクリ屋に出番はないと思った。が、話を聞くと観光農園で使うらしく手動式がいいらしい。
「ありそでないんだよぉ」
調べた。確かになかった。業務用の頑丈なそれが売ってなかった。手動式は面白いと思った。電動式の壊れたフードカッターを買って、モーターを外し、ハンドルを付ければいい。
モノマネの「安く作れ」は一匹狼にとって赤字の王道だけど改造は別。微妙な仕様変更は工場にとって一番嫌な案件で、我々はそういう仕事で飯を食わねばならない。
材料費が出るならやろうと思った。
「予算はどのくらい?」
「10万以下やな」
中古に当たりがあればやれると思った。早速、中古屋、及びネットオークションを探した。刃物が安く買えた。機械自体も中古を発見した。が、やたら重くて頑丈で、ハンドル化するには切断機を買う必要があった。更に観光農園で使うと言われていたが、既存のフードカッターは全て切断部が見えない構造だった。観光客が使うなら丸見えの方が絶対楽しい。刃物以外は自作する事にした。
手動式フードカッターの図面を描いた。



描きながら初動の失敗に気付いた。注文書を貰っていなかった。が、今回は指値もあって、基本構造の確認もできていた。ゆえ図面を持っていけばトントン拍子で事が運ぶと思っていた。
操業当初、図面ばかりを描いて注文に至らず何ヶ月も収入ゼロで本当に倒産しかけた事があった。それ以来、製図は最低1万円としていた。が、今回の案件は勝手にやった。むろん製図代をとるつもりはなく、
「こんな感じになります」
不意に図面を見せた。すると客が慌てた。
「えっ!図面描いちゃった?まさか1万円?」
この反応でしまったと思った。が、時既に遅し。部品は既に発注済で、後は組み立てを待つ段取りであった。
発注者不在の手動式フードカッターが完成した。
モノが実用的な雰囲気なので、これに関しては誰も発注者不在と気付かず、家族みんな笑顔で実験に付き合ってくれた。



楽しかった。家族の絆が深まった。(動画はこちらを参照下さい)
が、いつまで経っても屋外放置のマシンを家族の誰かが不審に思った。
「コレいつまで置いとくと?」
「売れるまで」
「えー!ママー!やっぱりコレ売れてないみたーい!」
「殺せー!」


(4)今後

創業5年で社員数十人を抱え、今、順調に拡大している経営者に言われた。
「あんた9年目でそのていたらく、どうしようもない、せめて注文書ぐらい貰っとかんと商売にならんでしょ、あんたのは商売じゃない、趣味の延長」
久々に「ていたらく」という日本語を聞いた。なるほど今の僕を表すに相応しい。今後使おうと思った。
世の中には「意識高い系」と呼ばれる向上心の塊みたいな人がいるらしい。僕はそういう人たちに「意識低い系」と言わしめた。隣に無気力キングの嫁が君臨しているので、僕自身の事をそういう風に捉えた事がなかったけれど、色んな人が納得したところを見るとそういう風に見えるらしい。
「カラクリ屋は自由で暇で羨ましい」
気に入った。褒め言葉と受け取った。もっと羨め。心を全面に押し出すのはカラクリ研究所の社是。それ即ち「忙しい」と言わない。示さない。思わせない。
僕の仕事はふわりでいい。ピリピリしてはいけない。
「こういうの作って」
ふわりの依頼にふわりと応え、そっと世の中のお役に立ちたい。ただし冒頭に書いたように10年目に潰れたくない。今後は一筆貰ってから図面を描こうと思った。
「描いたら作りたくなる!まずは描かない!描かない事から始めよう!」
「あんた作りたい衝動に逆らえるんか?」
「分からん!」
意識低い系はバカだから直ぐに火が点く。真に受ける。
「皆様にお願いです!火を点ける時は注文書を下さい!」

つい先日、テレビに弊社倉庫の映像が映った。テレビというのは不思議なもので見慣れた倉庫を客観的に見てしまった。



どうしようもないゴミ屋敷に見えた。
「僕の仕事はゴミを生む!作っちゃいかん!」
仕事って何だろう。阿蘇カラクリ研究所、9年目にして初めて迷った。
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