第117話 200個作らんといかん(2016年5月)

東京のインターネットの人たちが熊本地震に関するチャリティーイベントをやるらしく、小声で相談された。
「チャリティーで配るモノを作って欲しいんよ」
「何を作ればいいんですか?」
「粗品」
常に粗末な品を作っているので自分で言うのも何だが粗品の製作には自信があった。よく分からんまま引き受け、次いで説明を求めた。すると説明員がやって来た。なんと、東京から飛行機でやって来た。
アソカラはおもてなしが大好き。せっかく遠方から来て頂くならば手作りフルコースでおもてなししようと思った。
まずは手作り列車で南阿蘇鉄道(運休中)を走ってもらった。



すごい喜んでくれた。
次いで手作り二階建てバスで、夕暮れ農道を、子供と一緒に走ってもらった。



おおはしゃぎで楽しんでくれた。
夜は近所の人と一緒に手作り屋台で呑んだ。



東京の人はぐでんぐでんになって「田舎サイコー!」を連発した。



が、こういうモノを田舎っぽさとは思わないで欲しいと思った。他の田舎の人に怒られそうで客人が叫ぶたびにドキドキした。
呑みながら粗品の話を聞いた。薄ぼんやり聞いたので多少間違ってるかもしれないけれど、凡そ次の通りだった。

 1、アソカラっぽいものが欲しい
 2、種類は豊富に欲しい
 3、1/4ぐらいは遊べるギミックを入れて欲しい
 4、これはいらんという絶対的ハズレを入れて欲しい
 5、熊本県の産業廃棄物や在庫整理品で作って欲しい
 6、お金と時間はかけないで欲しい
 7、数は200個欲しい


ちょうど阿蘇市の観光スポット・いまきん食堂に提供したエアシリンダストラップというものがあったので戯れにそれを見せた。



「こういう感じは如何?」
「これです!こういう感じが欲しいんです!ヘンな粗品って感じ!」
イメージ通りらしい。ポッケにしまって持って帰られた。
すぐさまシリンダの在庫を確認した。10個ぐらいしかなかった。が、県内のモノづくり屋に声をかければ、捨てる、もしくは使わない在庫があるだろう。ギミック必要数は200個の1/4だから50個、それぐらいは集まるだろうと思った。
「やりましょう200個!量産はウチにとって初の試みです!」
1個しか作らないを社是にしているカラクリ屋、創業10年目にして初めて量産話を請けた。

インターネットのお客さんが東京に帰った日、県内の知ってるモノづくり屋にシリンダ打診のメールを流した。主旨を説明し「ボロボロでもいいから、捨てる、もしくは使わんシリンダを提供して頂けませんか」という内容だった。
期待していた大企業は震災一ヶ月を過ぎてた事もあり全て廃棄済みだった。何軒かウチみたいなところが「匿名を条件に提供する」と言ってくれた。気が変わらぬうちに引き取りに行った。が、やっぱり気が変わった。絶対使わんと思っていても「くれ」と言われたら使う気がしてくる、それが技術屋の真っ当な心理で、私がゴソゴソ始めると、
「や、全部は困る!これを1個、やっぱこっちにして!うーん、やっぱ全部ダメ!」
技術屋全員、口を揃えてそう言うた。気持ちがよぉく分かった。私も使わない予備品を山ほど持っていて「いらん」と確信するも誰かが「いる」と言ったら「いる」に傾く。そして貰い人が帰ったら「やっぱり、いらんかったなぁ」そういう気分になると思った。で、死ぬまでそれを棚に置き、死んだ後、奥様衆が忌々しげに鉄屑業者を呼び付けるのだ。
うちは代々個人経営のモノづくり屋で、みんな屋号を持ってゴミの山で暮らし、死んだら女が片付けた。その繰り返しを見てるから気持ちと顛末が分かって可笑しかった。技術屋の心は「使えそう」を手放したいけど手放せない、そういうもんで、棚ごと貰うはずが1個2個の収穫で終わった。が、それは嬉しい誤算だった。熊本の技術者は地震に負けず生きていた。作る気満々皆現役だった。

依頼を請けて三日が過ぎた。
初めての量産は種類豊富という事もあって、なかなか楽しかった。
シリンダが足りなかったので足りない分を補うべく、キャスターやブレーカーをストラップに加工した。シリンダ並にギミック感もあって粗品に打って付けだと思った。が、在庫の分しか作れず、部品加工に時間がかかった。
依頼主は「熊本っぽさ、熊本オンリーな感じも欲しい」と酔った体で叫んでた。酔っ払いの叫びは本音が多い。全力で応えたいと思った。
「これだ!」
熊本県の特許技術・高精度捻り平板、その端材がいい。昔一緒に仕事して今は呑み友達というご縁で製造元にお願いした。なんと100個の端材を頂いた。
「これで箸置きを作ったら最高!置いてないと転がってしまうから飯が食えない!食えないという事は痩せる!これはいい!」
私だけ興奮し、製造元は黙った。
「おてやわらかにやってね」
静かにそう言われた。

ここで収集を打ち切って製作に入った。
インターネットは時間が命だそう。
5月26日にウチで説明を受けた。一週間後の6月2日には記事を書くと言われた。こちら側としては記事に入れる粗品情報をモノより先に提供しないといけない。つまり五日間で粗品一覧と商品情報を出さねばならなかった。
話を聞いてザッと目算し、余裕でイケると思った。が、実際やってみると量産に不慣れな自分がいた。それは発見の連続だった。随所に同じ事を長くやれない自分がいた。
例えばスパイラル箸置き。端材を切り揃え、ヤスリをかける作業、その連続だった。



「1個、2個、3個はぁ、5個ふぅー、10個うぉー!」
山に向かって走り出す自分を見た。
続いて切る作業。



「1枚、2枚、3枚むっ、4枚むむっ、5枚うぉー!」
アルコールに走り出す自分を見た。
ボール盤で穴をあける作業も腰が痛くて続かんし、開けても開けても延々終わらず、ドリルが刺さったまま放り投げた。



タップ加工も辛かった。これが一番辛かった。
シリンダの先っぽにアイナットという輪っかを付けてストラップ(雑貨)っぽくなるんだけれど、その先っぽのネジが並目でなく特殊な細目だった。細目のアイナットなんて売ってないから全数タップ加工の運びとなった。そこで気付いた。なんと電気タッパーが地震で落ちて壊れてた。
「ガビーン!」
全数手加工が決定し、終わった頃には血豆の嵐、手が修羅場。バット振り過ぎ野球少年みたいになった。



平成デジタル時代に阿蘇カラクリ研究所の昭和アナログ一斉回帰が始まった。
フライスのデジタル表示が壊れたので、スライド定規をテーブルに貼り付け、ドラフターぽい位置出し機を作った。計測が全て目視に帰った。
モーターのインバーター類もことごとく地震で壊れた。その代わりギアやプーリーは転倒に耐えて生き残った。回転物の変速が全て減速比に帰った。
地震によって昭和化に磨きがかかった。「アソカラ」の文字列を遠目に見ると「アナログ」に見えるようになった。こうなったら電子機器を一切入れず災害に強いモノづくりができないかと夢想した。災害時は頼りにされるかもしれぬが、平時は芯からバカにされるだろう。量産は肉体的には辛いけど、のってきたら頭が暇でいらん事を考える、その事を知った。ランナーズハイならぬメーカーズハイだと思った。

くどいけれど「作業過程を書いて」と依頼主に言われているので更に書きたい。
板金の曲げも自作のベンダーでジャンジャン曲げた。



これは好きな作業だけれど、あまりに続くと目が疲れ、自称・相武紗季の嫁が本当の相武紗季に見えてきた。これは良かった。嫁に優しくなった。ムダにイチャイチャした。

「金はかけないでくれ」とも依頼主に言われていた。が、産廃を粗品に変えるには取り付け用のアイナットやアイボルトを大量に買う必要があった。近所のホームセンターで買い占め、それでも足りずに隣町のアイボルトも買い占めた。
ホームセンターで知り合いに会った。
「そんなに買って何すんの?」
「愛を表現します」
「は?」
「愛ですよ愛、モノづくりに対する無限の愛が愛ボルト」
この仕事のせいで、また変人と思われてしまった。

ちなみにこの文章を「依頼主への説明文」として書き始めたのが五月の末日、この段階では半分ぐらいしか製作は進んでなかったけれど、チャリティーの段取りは決まっているから今日中(6/1)に情報を出す必要があった。
部品の数を数え、合計200個になるよう調整し、次の内容で決定した。


1:アルミフレームストラップ小 (21個)



在庫を流用。500円でネット販売するも全く売れず。


2:アルミフレームストラップ中 (2個)



在庫を流用。800円でネット販売するも全く売れず。


3:アルミフレームストラップ大 (1個)



在庫を流用。1200円でネット販売するも全く売れず。


アルミフレームストラップ特大 (1個)



禁じ手だけど50角の材料を買って製作。全シリーズ作りたい欲求を抑えられなかった。M14アイボルトを使用。耐荷重450kgf、アイボルトの重さだけで220g、ズッシリ重く使いどころを見出せない感じが潔いと思った。


アルミフレームストラップ超特大 (2個)



特大を作ったら超特大も欲しくなった。1列溝の限界を超えたので2列溝の60角フレームを使用。170mmの端材が転がってたので切らずにM16アイボルトを付けた。もはやストラップと呼んではいけない気がした。


アルミフレームストラップ規格外 (2個)



超特大を作ったら規格外サイズも欲しくなった。2列溝の80角フレームが転がってたので、それをむりやり使った。M20アイボルトを使用。耐荷重630kgf、アイボルトの重さだけで385g、取り付け部分が華奢なのでアイボルトの能力が全く生かされておらず、何がしたいのか自分でも分からなくなってきた。


工業用キャスターストラップ (2個)



在庫の自在キャスターにM12のアイボルトを付けた。自由自在に動き回れて楽しかった。


家庭用キャスターストラップ (12個)



自宅のゴミ置き場でキャスター発見。迷うことなくアイボルトを付けた。工業用に比べて圧倒的に動きが悪かった。


ブレーカーストラップ小 (5個)



今回作ったモノで使えそうだと思ったのはコレとエアシリンダストラップ小。パチンパチンが癖になりそなストラップ。


ブレーカーストラップ大 (1個)



「私の心のブレーカーを上げて!」そういう場面を想像したら小じゃ物足りないと思った。パチンがバチーンになって邪魔なサイズになった。


エアシリンダストラップ小 (38個)



「これは小じゃない」と言われる人がいるかもしれぬが片手に軽く乗るタイプは全て小とした。シリンダのシュコシュコ感が男心をくすぐった。たくさんの女性にも試してもらったが誰も興味を示さなかった。産廃ゆえ汚れあり。汚れにロマンあり。


エアシリンダストラップ大 (5個)



ストラップだけれど携帯にぶら下げるのは困難。シュコシュコさせるのも一苦労。「使い道が分からない」とは言わないで欲しい。作った本人も分からない。


ガイド付きエアシリンダストラップ (5個)



シリンダはガイドの有り無しで値段がだいぶ違う。これは高級品。が、ストラップにすると全く関係ないところが凄いと思った。


エアシリンダストラップはずれ (2個)





「200個の中にハズレを入れてくれ」と言われたけれど考え様によってはアタリかもしれない。一つはデカい。一つは長い。「どうやって発送しよう?」まずはそこが問題だと思った。


手ストラップ (1個)



これは本当にいらないと思った。


スパイラル箸置き (100個)



世界初、飯が食えない箸置き。箸を取ると特許技術で捻られたスパイラル(ピッチ精度±0.1mm)が傾斜を拾って美しく転がってゆく。1/100の確率で逆捻りあり。これぞ粗品。誰が何と言おうと「これぞ粗品」何度でも言いたい。「これぞ粗品」

尚、ギミック付きに関しては動きが分かるように動画も作った。



以上、今月の生きる醍醐味はこういうカタチで終わる。
「さあ、200個作ろう!」
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[協力頂きました熊本県内のモノづくり屋]
 
株式会社GTスパイラル
 (捻り平板の端材)
 エス・ユー・テクノス株式会社
 (エアシリンダ)
 未来工業株式会社(熊本工場)
 (エアシリンダ、ブレーカー)
 匿名希望のモノづくり屋
 (エアシリンダ、その他ゴミ)

 *使えそうな産廃を常に求めてます。よろしくお願い致します。



チャリティーに関する情報は富士通系のおもしろサイト「デイリーポータルZ」で告知されると思います。阿蘇カラクリ研究所は詳細を知りません。粗品に関してもチャリティーに関しても問い合わせはそちらにお願い致します。