第128話 長さんとタコ社長(2017年4月)

長さんという高専時代の友がいる。そんなに一緒にいる気はしないけど、ふと昔の写真を見たら、嫁と付き合う時も、プロポーズの時も、長女の出産の時も、お宮参りの時も、幼稚園の運動会も、長女の立志式も、先日開かれた親族総出のお祝いにも長さんが写っていた。





「長さんとは何か?」
「うちのタコ社長ではないか」
男はつらいよ、寅さんを見ながらそう思った。

家庭の理想として、次から次に人が訪れる、風通しのよい、それこそ「とらや」のような風景に憧れを持っている。憧れは近付かなきゃ意味がないのでそのように仕向け、まぁそれなりに知らない人や知ってる人が訪れる家にはなったけど、一つだけ、タコ社長がいなかった。裏口からスッと入って愚痴をこぼす人情味溢れる巨漢が欲しいと思ってた。



長さんは確かにタコ社長っぽい。体もデカいし愚痴っぽくもある。最近個人事業主(絵描き)にもなったから近いうちに税務署の愚痴も発してくれるに違いない。
違うのは隣に住んでないという事。関東にいた時は横浜に住んでいて50キロ離れた埼玉県入間市の寮に週2回は来てくれた。今は大宰府に住んでいて100キロ離れた南阿蘇に月1回は来てくれる。
来て何をするという事はない。飯を食って酒を呑み、遅くまで三人娘とワイワイやって(私と嫁は先に寝る)そのまま子供部屋で寝る。
気付けば長女は高校生、次女は中学生になった。そろそろ子供部屋から追い出されるかと思いきや「長さん子供部屋で寝てよー」娘の方からお願いする始末で、三人娘の信頼がやたらに厚い。夕餉の席で将来の話になった時も、
「おっとーは結婚式に呼ぶか呼ばんか分からんけど長さんは必ず呼ぶ」
三人娘の総意としてそう告白された時、私は男として長さんの人気を妬んだ。
妬むと言えば更にある。小さい頃から長さんが来ると三人娘は一斉に駆け出す。



父と遊んで盛り上がってる最中でも、
「ギャー!長さん来たー!」
父を一切顧みず長さんへまっしぐら。今も昔もそれは変わらず、長さん以外でそれはない。

これは会う頻度の問題か。いや違う。長さんみたいな友達が他にいないわけじゃない。
例えば大津という友がいる。一時期彼も足繁く我家に通った。が、長さんにはなれず、終始「おおつ」と呼び捨てにされ、
「だけん大津は長さんになれんとたい」
三人娘から厳しい駄目出しを受けていた。
他に中川太陽という友がいる。彼に関して言えば、
「太陽君は年に一回でいい、それ以上はいらない、おなかいっぱい、そして臭い」
三人娘にしちゃんかちゃん言われ、本気で凹んで可哀相だった。
とにかく子供は素直だから、素直に長さんという存在を半ば家族の一員と見てるのだろう。

「長さんはどうか?」
考えた事なかったけれど、呼べば来るし、呼ばなくても来るからタコ社長っぽい存在がイヤではないのだろう。
長さんはウチに来るたび使い古しの家電とかパソコンとか持って来てくれる。私も、私の実父も長さん使い古しの電動ヒゲ剃りを使っていて、家電が使えなくなると、まずは長さんから貰える事を期待し打診する。
長さんは無類の機械好きで更に新しもの好き。乗り物からパソコンまで満遍なく詳しい。私は流行りものを避ける傾向があって、興味がないものには全く近寄らぬゆえ、仕事で使うパソコンとか娘のスマホとか、必要なものは全部長さんが言う型式をそのまま買って長さんに設定してもらう。
家の事も長さんは気が付くまま勝手にやってくれる。例えばドアの閉まりが悪いとか、車のオーディオが壊れてるとか、ふらり消えたと思ったら勝手に修理調整してくれるから至極ありがたい。
嫁が言うに先日は風呂の片付けまでやってくれたそう。シャンプーや石鹸が散らばってるのが気になったのだろう。長さんが入った後、水平直角にキチッと並んでいたらしい。
笑ったのは回覧板。仕事をしてたら外から長さんの声が聞こえた。嫁と話してるかと思いきや回覧板を受け取るついでに近所のばあちゃんと長々世間話をしていた。福岡の銀行強盗は凄いという話で持論を交え大盛り上がりだった。

長さんは絵を描いて飯を食おうとしている。
アラレちゃんの鳥山明やこち亀の秋本治もメカや動物が好きで、それを描いてるうちに漫画家になったそう。長さんもそういうのを描いてるうちにその方向の人になった。
ある日、うちのバイクが長さんの目に留まった。ウチのは古いカブ50だけれど、メーターが20周以上してて「正」を書いて数えていたけど途中でやめた。とにかく走り過ぎてるから燃費も悪くなってきたし、走ってる最中ウインカーやカゴが落ちた。好きな人から見れば使い込まれたこういう状態がたまらないらしい。
「俺のバイクと交換しよう」
私は特にこだわりがなく、荷物が積めて走ればいい。「まともなバイクを持ってくる」と言うので快諾した。すると変な三輪バイクが来た。



笑った。
長さんは乗ってる車も変だった。軽自動車を半分に切ったようなカワイイ車に乗っていた。チョロQかと思った。



さて、ゴールデンウィークに入った。
今日も長さんは100キロ先の大宰府からチョロQに乗って南阿蘇へ来るらしい。
先日ウチの車を修理してたら力を入れ過ぎてエアコンのスイッチを壊してしまった。気にせんでいいと言ったが気がすまないらしく急いで直すと言う。今回も修理が終わったら子と遊び、皆で酒を呑み、次の朝いつの間にか去ってゆくだろう。
ふと次女がこのような事を言った。
「長さん結婚しないで欲しい」
次女曰く、結婚したら長さんは来なくなるらしい。たぶん結婚しても来ると思うが、娘にそんな日本語を吐かせるほど長さんは身近な存在で「いつまでも今と変わらず暇な独身であって欲しい」と言う。
「それは酷だ!」
父は父として、友として、娘を叱る必要があった。長さんには長さんの人生がある。それに長さんはネットの世界では有名人らしく、マニアックなファンがたくさんいるらしい。
「その世界で彼女を見つけりゃいい」
私も嫁も「その世界から引っ張りゃいい」と安易に言ってはみたものの、我家が見ているリアル長さんとそういう世界の長さんとは毛並が違っているかもしれず、その世界に疎いだけに(長さんの反応含め)よく分からなかった。

とりあえず家族と客と長さんが庭先にいる。
僕の理想の家「とらや」ならぬ「アソカラ」には仕事とプライベートの境はなく、みんなゴチャゴチャ混ざっている。客も友も仕事も遊びも風景としてゴチャゴチャしてるのがいい。その中にポツンと一人、タコ社長みたいな常連、長さんがいてくれるのは実に心強い。
長さんが嫁の席で違和感なく飯を食う。嫁も娘も長さんだけは全く気にしない。客と遇さず適当に扱い、大いに甘え、甘えてもらう。
「いいっ!風景としていいっ!」
だから長さんはそこにいてくれないと困る。
この週末、ネット世界の長さんはビックサイトに出張し漫画の展示会に出るらしい。売れっ子になって彼女ができたら二ヶ月ぐらいはウチに寄らなくなるだろう。そうなったらどうしよう。たぶん私は次の長さんを探すだろう。
表から裏へ駆け抜ける理想の風通し、その象徴として山田洋次はタコ社長を編み出した。それに憧れ、タコ社長と長さんを重ね、私の隣でなく家庭の隣に長さんを置いた。長さんにしてみればそれは災難かもしれぬが幸せは人それぞれだから意外と居心地いいのかもしれない。(ちなみにうちの家族は誰一人として長さんちに行った事がない)
連休は客がたくさん来る。知ってる人も知らない人もたくさん来る。夫は理想を語り、大手を広げ風を受け入れる。嫁は呆れ顔でおでんを作って風をもてなす。
「憧れの昭和の風景って、とどのつまり風通しの事か?」
理想の景色は風通しにある。嫁も長さんも風通しがいい。風は抜けた。何も言わない。
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【長さんの作品紹介】



長さんが描いた屋台で晩酌の絵。その他の絵はこちらです。




長さんが作った似顔絵Tシャツ。新玉名駅が沸いた。