第146話 Sさんの着地(2019年8月)

言葉ってのは凡そ嘘だ。行動のみを抽出し、本質の理解に努めないと近々痛い目にあう。
呑み友達のSさんはメチャクチャ喋る。特に呑み始めると本人も理解できない愚痴を延々発す。相手が聞いてようが聞いてまいがそんな事はどうでもいい。これは心にたまった澱を吐き出す作業らしく、ポットン便所とバキュームカーの関係が心と愚痴にあたる。
Sさんの仕事は僕と一緒でオーダーメイドのマシン屋だ。僕と違うところは従業員が5人いて、5人いるからちゃんとしなきゃいけない。
Sさんの人生はとても参考になる。僕より20歳上の62歳。古くは大企業の設計エースとして活躍し、僕が独立するのと(12年前)だいたい同じ時期に会社を立ち上げ、それから順調に売り上げを伸ばしている。そう、ハッキリ言って順風満帆な普通の経営者で、無論そこは何の参考にもならない。売上増減の歴史なんて文明のまやかしで、僕の人生、つまり僕の時間をどう使ったらよいかいう問題とは一切関係ない。
参考になるのはSさんが愚痴モードに入って人間を絞り出す瞬間だ。
前述の通り言ってる事はサッパリ分からぬ。分からぬけれど、今までやってきた事と、これからやろうとしてる事は、その身振り手振りで何となく分かる。とにかく楽しい方向にもっていきたいらしい。
これは私とSさんの共通の悩みだが、カネになる大きな仕事、つまり大企業の仕事が段々のっぺりしてきた。昔は担当者もチキチキの技術屋で、ああだこうだとやりあって節目節目で中締め・打ち上げと酒を呑んだ。今は銀行員か役人みたいなのが間に入って書類ばかり書かせ、節目節目は呑み会じゃなく会議室で眠い話(安全講習とか)を聞かされる時間になった。
呑めば呑むほどSさんの愚痴が爆発する。
「大企業よ!建前はいいから早く仕事をさせろー!」
更に呑むとISOへの愚痴が止まらなくなる。
「知っとんけ?こりゃユダヤ人の謀略じゃー!」
それから先は意味不明だが、とにかく大手のモノづくりが役所化し、大好きなモノづくりが楽しめない事態を嘆き、昔は良かったという過去の栄光を辿り、いつの間にかシモネタになる。
(Sさんはどこへ着地したいのだろう?)
自分の着地点へ思いを寄せると頭が痛くなるから、つい似た仕事を僕より長くやってるSさんに思いを寄せてしまう。で、話の雰囲気から察すにSさんは阿蘇カラクリ研究所になりたいそう。
「お前はいいな」
愚痴の狭間にしみじみ言う。何がいいのかよく分からぬが好きな事しかやってないように見えるそう。
最近Sさんがマジメな仕事をたくさんもってきてくれるようになった。カネにはなりそうだけど何ヶ月も拘束されそうな大きな仕事だ。仕様書をパラッと読み「最新のロボットを使った事がない」と正直に告げた。すると「出張費を出すからメーカー主催の勉強会を受けてくれ」と言ってきた。
「なぜそこまで?」
Sさんは「抱えきれない仕事を外注に振って乗り切りたい」と言ったが嘘っぽかった。
「よし」
更なるアルコールをSさんに投与した。投与しながら「大きな仕事はチーム仕事だから迷惑かけるといかん、自己完結できる小さな仕事をくれ」とお願いした。するとSさん「とんでもない」と言った。
「小さくて楽しい仕事は俺がやる、お前もちょっとは楽しくないのをやれ」
本音が出た。Sさんは去年子育てが終わった。がむしゃらに働く時間は終わって楽しい方に着地しようと試みた。が、そう簡単に軌道修正はできない。従業員が5人いて、変わらぬ仕事を淡々とこなしている現実があった。
「くそー!」
ふと見ると隣に阿蘇カラクリ研究所がいた。子供が産まれたばかりなのに好き勝手やってるように見え、酒ばかり呑む割に愚痴は一切言わない。
「ええい目障りだ!こいつを儲けさせ俺と同じ塗炭の苦しみを味あわせる!」
Sさんは楽しくないけど儲かる話を毎月もって現れるようになった。阿蘇カラクリ研究所はそれをことごとく遠慮した。そしてSさんを逆上させる一言を発してしまった。
「ぼく楽しいのしかやりません」
Sさんは怒りを通り越し呆れた。そして、そこへ着地するには何か捨てねばならぬと思った。Sさんは昼から酒を呑む人になり、半ば威厳を捨てた。

(注記)好き勝手やってるってのはSさんの勝手なイメージで当人は生きるために必死。家族を飢えさせぬよう全力で仕事してるし、来月もSさんが持ってくる仕事に期待し、楽しそうだったら全力で請ける所存。
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