悲喜爛々19
蒸発を防げ 〜ジクロルメタンに立ち向かった者達〜
読まれる前の注意点
この悲喜爛々19は、とある発表用に作成した脚本に、映し出される画面を添付したものです。
が…、完璧に網羅しているわけではありません。
容量を落とすため、文字だけの画面は、
『表示される文字』(二重括弧)
と、いう表記にしてあります。
また、アニメーションに関しては、添付画面の頭に軽く記述する程度にとどめております。
本物(実物)は、豪快に音楽が入り、アニメーションもふんだんに用いられ、ナレーションは、かなり渋いです。(俺の声)
そのため、この、五倍は面白いものと思われます。
福山家(社宅)には、これを見せれる用意があります。
来られた際には、是非、ご覧下さい。
それでは…。
(画面)
一九九八年夏…。
現場の片隅で、作業者達が囁き合っていた。
(画面)
『ここでは息がしてられない…』
洗浄槽だった。
(画面)
ジクロルメタンという薬剤を用い、金属を、洗浄する場所が、ここだった。
(画面)
ジクロルメタンは、クロロホルム臭のある、無色の液体で、皮膚や粘膜を刺激し、麻酔作用がある、いわゆる、毒薬と呼ばれるものだった。
(画面)
ジクロルメタンは、揮発性の高い液体でもあった。
蒸気密度2.9、沸点は、なんと、39.8℃だった。
つまり・・・。
毒薬は、黙っていても、そこらじゅうに霧散した。
これを管理する法があった。
(画面)
労働安全衛生法である。
年2回、洗浄槽付近が、管理濃度100ppmを満たしているか、専門の業者がチェックしていた。
洗浄槽は、当然、この管理濃度を満たしていた。
立役者として、大掛かりな装置があった。
(画面)
局所排気装置である。
霧散する毒薬を、猛烈な勢いで吸いこみ、工場の外に吐き出していた。
(画面)
久保田という男がいた。
この、洗浄槽の、管理担当者だった。
久保田は、毒薬を、工場外へ排出して、管理基準を満たすやり方に、深い疑問を持っていた。
(画面)
『工場の、環境が良くなれば、それでいいのか?』
自己嫌悪に陥る事もあった。
しかし、作業環境を良くする事は、久保田に置かれた使命でもあった。
改善の余地は、まだまだある。
現に、槽内をかき回すと、毒薬は、足元に流れた。
臭い…。
(画面)
アニメーション、@息がAできないB場所、の順に飛び出す。
久保田は、この場所がなんと呼ばれているか…、その事を思い出した。
(画面)
『臭いものには、蓋をしよう』
久保田はまず、そう思った。
しかし、大きな洗浄槽の口を塞ぎ、なお且つジクロルメタンに腐食されないものとなると、十キロを超えるものができあがった。
作業しているのは、男性社員が主だった。しかし、女性のパートもいた。
パートは、重い蓋を持てなかった。
たまりかねて、言った。
(画面)
『こんなものを、一々かぶせていたんじゃ、仕事にならない』
事実だった。
この時…、久保田の中には一つの思いが出来上がっていた。
(画面)
『ジクロルメタンの絶対的な使用量を減らせば、作業環境と地球、両方に貢献できる』
久保田は、ジクロルメタンの使用量を調べた。
(画面)
一月に、550キロもの毒薬が、そこらじゅうにばらまかれていた。
ジクロルメタンの使用量は、単純にその蒸発量ととれる。
550キロの毒薬は、気体換算では、15万リットル。
プールいっぱいの量に相当した。
莫大な量に、久保田は震えた。
(画面)
会社は、ISO14001を取ったばかりで、環境という言葉に揺れていた。
ある日、久保田に、上司からの指示が飛んだ。
(画面)
『何が何でも、ジクロルメタンの使用料を減らせ』
厳命だった。
俺じゃ、駄目だ…。
久保田は、気後れした。
途方に暮れた久保田は、洗浄槽の横で、黙然と一人、作業している男の姿を見た。
(画面)
現場の作業員、安永だった。
安永も、毒薬が、工場外へ吐き出される事に、一抹の不安を抱いていた。
久保田と目が合うや、その口を開いた。
(画面)
『久保田さん、あなたが何とかしないと、俺達は胸を張って仕事ができない』
安永の目は、潤んでいた。
それは、本気で請う、その目だった。
久保田は、逃げていた自分を、恥じた。
安永の手をとり、言った。
(画面)
『やろう、地球と社員を救おう』
これは、環境という壮大なスケールの問題に、正面から立ち向かった男達の、知られざるドラマである。
(テーマ曲、流れ出す)
(画面)
アニメーション、文字は全てスライドイン、縦横から登場。テーマ曲に合わせて。
(テーマ曲、徐々に消える)
(画面)
ある日…。
久保田は、蓋と洗浄槽の間に、小さいながらも隙間がある事に気付いた。
構造上、密着できなかった。
(画面)
久保田は、槽内全周にアングルを入れ、蓋を、中に入れる構造にした。
アングルと蓋の接触面には、ウレタン製のパッキンを挟んだ。
蓋には、重しも乗せるようにした。
完璧だ…。
久保田は、思った。
(画面)
しかし、その、使用量は、変わっているとはとても言い難かった。
(画面)
洗浄槽は、朝から夕方まで、つまりは定時内のみ稼動していた。
朝一番に、決められた作業者が蒸発促進用のヒーターを入れ、定時の時刻に切っていた。
ヒーターがオンしている時の蒸発量は、洗浄していない状態でも、一時間に0.75リットル。
これが、蓋をすると0.17リットルに下がる。
が…、蓋は重い。
ヒーターが稼動している時、蓋は、洗浄場の隅に追いやられていた。
久保田は思った。
(画面)
『昼、こまめに蓋をしなければならない』
久保田は、蓋の開け閉めにかかる、その時間を測定した。
(画面)
アニメーション、@重し外しA蓋外しB計35秒の順に表示。
35秒…。
膨大な時間だった。
現場の「これじゃ、仕事にならない」、この言葉が久保田の脳裏をよぎった。
隅っこに、悲しくたたずむ蓋が、自分を、あざ笑っているような気がした。
久保田の手に力が入った。
(画面)
『誰にでも簡単に開け閉めが出来る、その蓋を作らなければならない』
こうしている間にも、ジクロルメタンは垂れ流しとなっていた。
現場作業員・安永の潤んだ顔が、久保田の中に、はっきりと浮かんだ。
「貴方が何とかしないと俺達は胸を張って仕事ができない」
責任は、重大だと思った。
機械設計三十五年、会社きってのベテラン設計士がいた。
(画面)
酒井である。
久保田は、この酒井に、蓋の話を持ち掛けた。
燃える思いを、力の限り、ぶちまけた。
酒井は、久保田の手をがっしりと掴み、言った。
(画面)
『地球をこれいじょう泣かせるわけにはいかん! やろう!』
久々に、燃えた。
酒井には、最近、孫ができた。
団塊の世代が壊してきた地球を、申し訳なく思っていた。
(画面)
アニメーション、第一案から第三案、順に表示。
酒井は、スライド式の蓋を考えた。
女性でも、簡単に開け閉めができるよう、接触部には、車を付けた。
図面をもって、皆の意見を求めた。
メンバーの一人、坂巻は言った。
(画面)
『大き過ぎるし、そんな大掛かりなものを作る金がない』
的を得ていた。
酒井は、それから、毒薬にも耐え、軽く、そして何よりも安い蓋を捜し求めた。
(画面)
あさった資料は百冊に及んだ。かけた電話も百件を超えた。
まさに、血へどを吐く思いで、情報の上を這いずり回った。
酒井は、パソコンがまるで使えない。メンバーはインターネットで酒井を助けた。
そんなある日…、酒井の目に、一枚のビラが飛び込んだ。
(画面)
アニメーション、クリックで「これだ!」が飛び出す。
家庭用の、風呂蓋だった。
瞬間…。
酒井の中に、熱いものが流れた。
飛び出し「これだ!」
酒井は、大きく拍手を打った。
軽くて、巻く事も出来、そして安い、風呂蓋は三拍子を兼ね備えていた。
酒井は、その三十五年の人脈をフルに用い、血眼になってジクロルメタンに耐える風呂蓋を探した。
すぐに、一つの有力な情報がもたらされた。
(画面)
『九州で、薬剤の蓋に使っている巻き形状の蓋がある』
酒井は、食い付いた。
すぐに資料を寄せた。
(画面)
アニメーション、拡大プリントがズームアップ。
送られてきた一枚の紙は、酒井のイメージに、ピッタリだった。
皆に、相談した。
あの時、前酒井案を強烈に批判した坂巻は言った。
(画面)
『これ以上ない、最高の蓋だ』
皆、酒井の案に諸手を上げて賛同した。
「よしっ」
酒井の顔が、その掛け声を皮切りに、緩やかに崩れた。
(画面)
アニメーション、巻き蓋が転がる様、動画っぽい動きで出る。
(エンド曲が流れ出す)
二〇〇三年一月…。
酒井が探し求めた蓋が、設置された。
その蓋を、以前、仕事にならない、そう罵ったパートが、触れた。
片手で蓋を動かし、洗浄するマネをすると、言った。
(画面)
『これなら、大丈夫』
笑顔だった。
久保田の中に、得(え)も言われぬ何かが溢れた。
久保田は、その開け閉めの時間を計った。
(画面)
アニメーション、「2秒」が飛び出す。
2秒。
以前の1/20だった。
久保田と酒井の顔に、笑みが、洩れた。
これなら、こまめに閉めてもらえる。
そう、確信した。
久保田は、蒸発量を測定した。
(画面)
アニメーション、「32リットル」がクルクルと回る。
月に104リットルだったものが72リットル、32リットルの効果が見られた。
蓋を作った酒井は、その夜、孫に言った。
(画面)
『お前達の地球を少しでも守れた』
胸を、張った。
(画面)
アニメーション、吹き出しの中がクルクルと回る。文字はその後。
翌日…。
酒井は、次の設計に入っていた。
使用量の大半を占める、ものに付着したジクロルメタンも回収しよう…。
その思いで、ジクロルメタン回収機を考えていた。
酒井の燃えた火は、なかなか消えなかった。
(画面)
久保田に、全てを任せた安永は、職長になっていた。
安永は、久保田を捕まえると、照れ臭そうに言った。
(画面)
『あんたに任せて良かった』
久保田は、全てが報われた気がした。
(画面)
アニメーション、写真が下から登ってくる等、飛び込みながら重なり表示。
洗浄槽が、息ができる場所になった。
(画面)
アニメーション、クリックで題目が表示。
旅は、まだ、終わらない。
題目。
蒸発を防げ、ジクロルメタンに立ち向かった者達。
(画面)
アニメーション、左右からスタッフ名が飛び込む。
スタッフ。
久保田喜一、中村健、酒井純一、坂巻憲一。
サポート。
安永斉、近藤百合子。
(画面)
アニメーション、「福山裕教」が最高の飛び込みを見せる。
脚本、演出。
福山裕教。
(画面)
『FIN…』
(エンド曲、徐々に消えていく)