悲喜爛々23「いとこ喰い」

 

 

1、出会い

 

和哉は、真新しいスーツで身を包み、福山という男を捜していた。

今日は、和哉にとって、まさに門出となる入社式の日であった。

半年ほど前のことであろうか…。

安岡電機(仮名)から内定を貰った和哉は、そのクラスメートである福山真理から、

「私のいとこも安岡電機に決まったんよ。仲良くしてあげてね」

そう言われた。

和哉としても、新天地へ飛び込むにあたり、知り合いが一人でもいる方が心強い。

(連絡をとっても損はないな…)

そう思ったのであろう。

すぐに受話器をとり、福山真理から聞いた電話番号を押した。

これを…。

受話器向こうの男・福山は大いに喜んだ。

元々この男、類稀に見る寂しがり屋なだけに、

「ああ、入社式前に一度だけでも会いたいですねぇ!」

弾けるような声でそう言うと、

「絶対に会いましょう!」

念を押すように重ねてお願いしたのである。

それから男達は、この入社式当日を迎えている。

蓋を開けてみれば、会う約束というのは実現されておらず、今日が初対面の二人であった。

が…、その他三十名ほどいる初対面連中と比べると、一度だけでも話したぶん、

(話しやすいに違いない…)

そう思うと、和哉も福山も、その男を捜さずにはいられない。

和哉は、黒々とした顔の中で異常に目立つ眼球をコロコロと動かし、福山という男を捜した。

手がかりは、事前に配布された『同期一同の顔写真』である。

福山も同様に、それを手がかりに和哉を捜した。

先に見つけたのは和哉であった。

(いた!)

思うや立ち上がり、福山の元へ駆けつけた。

「ああ、俺、井上和哉! 君が福山君だろ…、よろしく!」

最高の笑顔でそう言った。

顔が黒いだけに、その歯は、それだけが別モノかと思える程に映え、福山は、

(こやつ…、黒人か?)

そう疑ったほどであった。

が…、いきなりにして人種を疑うのは失礼千万に値するため、福山は喉まで出かかった、

「きみ…、サンコン?」

それを押し殺し、

「おぉ、井上和哉…、ほぅほぅ、あんたが噂の井上和哉ですか!」

と、熱い握手を交わしたのであった。

これが…。

福山と和哉、その『出会いの瞬間』であった。

これから二人は会社同期として、実に様々な思い出をつくっていく事になる。

お互いが九州の会社と思って受けた安岡電機、しかし、その配属は、なぜか二人揃って埼玉だったり、そこでの寮の部屋は隣同士だったり、同じ女にふられたり…、などなど。

極めてその関係は近い。

五年経った今でさえ、当たり前のように近い。

が…。

福山の従姉妹・真理が前々から働きかけをしていなければ、そういった和哉と福山の関係はなかったかもしれないし、その後へと発展する事もなかったかもしれない。

人の『それから』というものは、極めて微妙なバランスによって成り立っている。

ゆえに、どのようにでも転び、どのようにでも向く。

これを『運命』と呼ぶ。

ふとした瞬間に、福山と和哉の運命は思いもよらぬ方向に転がり始めたのかもしれない。

 

 

2、狂い

 

福山と出会った頃…。

和哉には、マリア(仮名)という彼女がいた。

気立てがよくて田舎っぽさが抜けてない、かわいらしい年下の子であった。

「いいよなぁ、和哉は…」

妬む福山に色気は窺えない。

福山は当時、三度の飯よりコンパが好きで、暇さえあればコンパへ行き、それは社会人になっても変わる事はなかった。

研修中の身ではあったが、その研修が始まる四時間前まで酒を飲み、新たなる出会いに果てしない労力を費やしていた。

が…、実りはない。

和哉は、そんな福山を見、心底呆れたのであろう、深々とこう言った。

「よく、そこまでやるね…、俺は、そのコンパというものに行った事さえないのに…」

和哉に悪気はない。

だが…、福山にしてみれば、当然、腹がたった。

(このやろぉ、ちょっと顔が良くて彼女がいるからって調子にのりやがって!)

福山は、和哉の一言を見下されたと受け取り、

(コンパが顔だけで何とかなると思うなよ! 目にもの見せてくれる!)

と、和哉をコンパへ誘う運びとなった。

普通に考えれば、今時、コンパに行った事がない二十一歳など希少価値で、和哉の放った言葉というものは極めて嘘臭く、加えて馬鹿にしている臭いも拭えない。

ゆえに、常識では頭にきた福山の方が正しい。

が…、福山は、和哉のコンパでの言動を見、その言葉が嘘でない事を知った。

和哉は、最初から最後まで端の方で正座の状態を保ったまま、空気の如く、一言も喋らなかったのである。

「お前、何をしに来たんや?」

福山の問いに、

「緊張して…、頭が真っ白だった…」

和哉の答えは、まさしく素人のものであった。

それから、和哉の人生の流れが狂った。

福山と行動を共にする…。

それは、毎週のようにコンパへ行く事を意味し、今までの和哉との決別であった。

自然…、その足枷となっていたマリアと和哉は別れた。

無論、和哉はこの判断を、後々に悔やむ事となる。

が…、その時の和哉は、コンパの面白さ、人との出会いの奥深さに狂っていたのであろう。

「福山、俺はマリアと別れるぞ!」

そう言い放つと、止める福山を振り払い、マリアに引導を渡したのであった。

 

 

3、ミワより

 

福山は、和哉と出会って三ヶ月も経たないうちに、その実家へあがりこむ事となった。

和哉の実家は、福岡県は茶で有名な八女のはずれ、黒木という山深い場所にある。

そこに三世代・七人家族がミカンをつくって暮らしていたのであるが、今は和哉が抜け、六人家族となっている。

和哉は三人兄弟の長男で、下に、妹と弟がいる。

妹の名をミワという。

ミワは、「まぁまぁ美男子」と評される和哉の妹だから、

(まぁまぁ美人ではあるだろう…)

福山は、そう予想していたものだが、実物はそんなレベルを優に卓越しており、類稀に見る美人であった。

(田舎とはいえど、さすがは黒木瞳を生んだ町…、もの凄い生きものを生み出したなぁ…)

福山は、後光でもさしているのではないかと疑わざるを得ないミワの顔を酒のつまみに、大いに飲み、大いに騒いだ。

いつの間にか、和哉一家とも親交が深まっていた事はいうまでもない。

とにかく…。

その日の福山は、よく喋った。

喋りに喋りに喋り尽くした。

酒量も相当なものであったろう。

気が付くと、起きているのは福山と和哉の母だけになり、その時刻は午前二時を回っていた。

都会の二時ではない。

山深い田舎の二時である。

その闇は深い。

頭上の星ときたら、それはそれは美しいものであった。

その後日…。

福山は、会社から帰ると、いつものように隣の部屋にいるはずの和哉を訪ねた。

ノックはしない。

いきなりにドアを開けて飛び込むと、和哉は一枚の紙切れを持ち、何やらうな垂れていた。

「なんやー、その辛気臭い顔はー?」

福山は気にしていたわけではないが、気にするフリをし、

「悩み事があるなら相談にのるぞー」

言いながら、和哉が座っているベットに飛び込み、横になり、菓子などを食い始めた。

寮では、毎日がこのように過ごされている。

プライバシーなんていう、くだらないものはそこにはない。

毎日、毎日、会社から帰ると、

「誰か、帰ってますかー?」

福山は自室から廊下へ向かって叫ぶ。

すると、どこからか声がする。

そこへ、福山はふらふらと赴き、この時と同じように横になり、だべるのだ。

自然…、なんとなく酒宴が始まり、会社から帰って来た者がそれに加わる。

この時も例外ではなかった。

福山はビールを何本か抱えて和哉の部屋を訪れ、和哉も当たり前のようにそれを飲む。

二人は無意識のうちにカンパイし、何をいうともなく、くだらない世間話を始めた。

と…。

和哉が急に姿勢を改め、

「福山…、これを見てくれ…」

手に持っていた紙切れを渡した。

その紙は、かわいらしいキャラクターが随所に描かれているもので、絶対に男のものではない。

(和哉め…、いつの間にか、コンパでうまくいったな…)

福山は、そんな事を思いながら、渡された紙を読んだ。

それは和哉の妹からのものであった。

内容は何てことはない兄への言葉がつらつらと書かれており、最後にちょこんと、いい忘れを言わんがための「追伸」へと続いていた。

福山は、鼻糞をほじりながら読んでいたものだったが、追伸の内容を見ると姿勢を正し、静かに仰天せずにはいられなかった。

「おー、和哉…、いや、お兄様…、何てことだ…」

そこには、

『福山さんが、私の中で気になり始めました』

そう書かれてていたのだ。

短くはあるが、これほど強烈な一文もなかろう。

柔らかい丸文字が、福山のハートをがっしり鷲掴みにした。

「おー…」

福山は、もう一度だけ追伸の内容を確認し、感無量の声をあげると、

「嘘みたい、最高…、俺は、なんて幸せ者なんだ!」

和哉の手を取り、叫んだ。

「気になる」と言ったのは、そこら辺の普通の女ではない。

天上天下唯我独尊、天女も裸足で逃げ出す容貌をもった、

(ミワ!)

その人なのだ。

ブルブルと感動に打ち震える福山に対し、和哉は沈痛な面持を崩さない。

崩さずに、福山が差し出した手を不意に打ち払った。

そして…、

「俺は…、お前を認めない…」

もの凄い真顔で、吐き捨てるようにそう呟いたのである。

 

 

4、あの日

 

和哉と福山がこの話を円滑に進めるために会合をもったのは、あの手紙の翌日であった。

手紙の日は、和哉があまりにも重い表情でいるし、和哉が意図してその内容に触れてこなかったため、

(こういうものは気持ちを落ち着かせてから話し合うべきだろう。それに、妹に彼氏ができるという事は兄にとって寂しい事だし、ましてや、それが友人の俺とくらぁ気持ちも高ぶる…)

と、福山にしても、

(今日、話を進めるのはよくない…)

そう判断し、その日は雑談のみにとどめた。

が…、いつまでも、ないがしろにしてよい問題ではない。

「和哉…、定時後に前の居酒屋で飲もうや」

福山は和哉と話し合うべく、その翌日、和哉を行き付けの居酒屋へ誘った。

和哉も、この事態を保留するべきでないと思っていたに違いない。

快く承諾すると、定時の時刻ピシャリに退社し、居酒屋へ駆けつけた。

最初…。

福山と和哉はビールなどを飲みながら、いつもの様にくだらない話を続けていたのだが、明らかに違和感を感じた。

(どっちが話を切り出すか?)

二人とも、その事を窺いつつ馬鹿話を発する。

何ともいえない、居心地の悪い始まりであった。

が…、そのうちに酒が回り始めた。

和哉は酒が回りだすと、露骨に顔に出る。

それも顔の一部、目に出るのだ。

トロンと目蓋がその重量を増し、口調のエッジが消えていく。

この日もそうなった。

そうなったと思いきや、開口一番、

「俺は、福山とミワの付き合いは認めん!」

頑として言い放った。

男と男、友と友…、その口論の火ぶたは切って落とされた。

「なんでや?」

「なんでも、へったくれもない!」

「そんな事を言われたら、俺は身も蓋もにゃーだろが!」

「俺は、お前と行動を共にしてきたが…」

「なんや?」

「妹を任せられる男とは思えん!」

「どのへんがやー?」

「ええい、うるさい! とにかく、認めん!」

その時の和哉は明らかに九州の男であった。

それも、どうしようもなく話が聞けない『頑固オヤジの典型』である。

(くそっ、まるで和哉がミワの親父で、それを俺がもらいにいっているみたいじゃないか…。和哉は親父でない、兄貴だ、でも、兄貴は兄貴だし…)

福山にしても兄のキツイ言葉を受けたからといって、引く事は考えてもいない。

あのような美人に言い寄られるなど、

(今後、絶対にありえない!)

身の程をわきまえているのである。

が…、兄貴に了解を得ず、事が進むとも思えない。

「和哉ー! 俺を見損なうなよー、大事にするってぇー!」

涙声で兄に訴え、兄の和哉にしてみても、

「すまん! 悪いと俺も思っているが、こればかりはどうしようもない!」

と、突っぱねる。

よほどに福山を信用していないようだ。

「頼むよー」

「しつこい!」

小さな居酒屋の一角は、灼熱の論議により、明らかに温度が上がっていた。

酒も相当な量が空いた。

飲めば飲むほどに酒は旨味を増し、議論も堂々巡りとなっていく。

終いには、

「ええいっ、九州へ行こう! ミワちゃんも交えて話そうや、らちがあかん!」

「意味が分からん! 駄目だ!」

これにて交渉が決裂した。

この日の居酒屋談議が残したものは『わだかまり』だけであった。

二人は会社前の夜道を、肩を並べてトボリトボリと歩く。

(どうしたら、こいつを説得できるものか?)

お互いが頑固者なだけに引く事を知らない。

思案にくれながら寮まで歩き、

「じゃ、おやすみ!」

隣同士の部屋ゆえ、お互いが部屋へ入るまでを見届け、その日は別れた。

その翌日…。

早朝より、けたたましい電子音が寮内に響いた。

和哉に一本の連絡が入ったようである。

妹のミワからであった。

和哉は昨日の今日なだけに、その電話がミワからだと分かると訝しげな表情をつくった。

重々しい声でミワの声を受ける和哉。

いつものように明るいミワ。

が、次第に…。

和哉の顔に、たっぷりと笑みが浮かび始めた。

脂ぎった顔が放つ『黒光りした光沢』は、さながら鏡面仕上げを施したような『不気味な照り』をもちはじめた。

「うんうん、分かった分かった、言っとく言っとく…」

和哉はAV男優も真っ青のいやらしい顔で何度も何度も頷くと電話を切り、すぐに部屋を出た。

向かう先は、すぐ隣、福山の部屋である。

ゆっくりドアを開け、寝ている福山の肩を叩いた。

「おはよう福山、実に残念な事になった!」

そう言い、生気に満ち溢れた顔を緩めれるだけ緩めた。

「なんや、和哉…、朝っぱらから…、気持ちが悪い…」

福山は照りつける和哉の顔にひどいムナヤケを覚えながら、やっとこさ身を起こし、早朝よりの和哉に耳を傾けた。

「うんうん、残念だ残念だ…」

和哉は、もったいぶるように何度も何度も頷くと、たっぷり間を空けて福山の肩を両手でガッシリと掴んだ。

そして…。

「今、ミワから電話があってな、気になったというあの時の言葉は一時の気の迷いだったんだと! 寝て、目が覚めたら、その思いもポーンと醒めたんだと! うーん、実に残念だな、福山ぁ!」

そう言い放ったのである。

和哉の白い歯が薄暗い部屋に映えた。

愕然とする福山の顔もその白みを増し、ゆっくりと映え始めている。

(俺は…、俺は、何というピエロなんだ…)

福山は心底身もだえ、そして、血の気が引いてゆくのを感じた。

 

 

5、その日

 

あれから丸四年の年月が過ぎた。

これだけの時間が経つと、福山と和哉の環境にも、さすがに変化が訪れている。

福山にしてみれば、彼女ができたかと思いきや、その一年後には結婚したり、更にその一年後には子供ができたりと、身辺は一新しているといっても過言ではない。

和哉にしてみても…、

(んー…)

そう変わり映えはないが、途中、ちょっとした変化はあった。

一年間だけ、名古屋へ転勤となったのだ。

他は相も変わらずコンパと仕事に明け暮れた毎日で、さしたる変化というものはない。

色気はというと、名古屋で彼女ができ、

「福山ー、見に来いよー」

誘われたため、福山は嫁を連れ、わざわざ名古屋まで彼女を見に行ったのであるが、その彼女とも三ヶ月という節目を迎えて別れたそうな。

一昔前までは、

「二枚目キャラー!」

そう言われていた和哉(出来事参照)も、いつの間にか三枚目の王道をいくようなキャラに成り下がってしまった。

全ては、コンパの味を知ってしまった『あの時』に始まったものであろう。

が…、福山に言わせれば、和哉の性格と現在の環境とのアンマッチが、

「このように色気が枯渇した状況を生んでいるのではなかろうか?」

と、なる。

ちなみに言っておくと、福山の推測は、五年に渡る付き合い、同じ女に恋してフラれた経験、既婚までの並々ならぬ苦労、更に男とは何ぞやを考え抜いた末の推測であり、信憑性はある。

続けると、

「和哉ほど実直な頑固者を受け入れる女など、この時代においては稀で、ましてや都会へゆくほど、その類は希少価値となる」

つまり、和哉は頑固・福山を優に凌ぐほどに一徹野郎、さらには古風野郎で、

「家事は折半、男と女は平等だぞ、ナヨナヨー!」

なんて言っている輩には、強い姿勢をもって説得にあたりたい志をもっており、それだけでも、これを受け止める女性の数は激減する。

激減するが、こういうタイプを愛す女性は割と水面下にいる。

じゃあ、なぜゆえに福山に彼女ができて、顔の分、有利に事を運んでいる和哉に彼女ができなかったのかというと、

「和哉が実直な九州男児で、福山はチャランポランな九州男児だったから」

そう結論付ける事ができるわけである。

つまり、和哉が本物で福山が偽物の九州男児となるわけだが、偽者の素晴らしいところは、都合のいいところだけ九州男児を取り入れて、曲げるところはブイブイ曲げれるところにある。

ゆえに、融通がきく。

が…、本物となればそうはいかない。

徹底的に頑固者なのだ。

子は親の鏡というが、その親を見れば一目瞭然である。

和哉の父・一夫は実に流暢な黒木弁を喋り、他の言葉は、相手が分かろうが分かるまいが一切喋らない。

無論、家では貫禄たっぷり上座に座り、

「おい、メシ」

なぞ言うさまが、実に堂にいっている。

これに対し、福山の父・富夫は、熊本弁がベースではあるが、それ以外にもエセ関西弁、エセ東京弁を喋り、それが何ともいえず気持ちが悪い。

更に、その妻・恵美子と頻繁にいちゃつく。

さすがに、

「これが九州男児だ!」

とは、息子でも言い難い親父なのである。

これでは、その息子にあたる両人に質の差が出てもしょうがない。

福山は思う。

(和哉も九州へ行ったら…、それも田舎の方だったらモテるだろうに…)

が…、いかんせん、ここは都心のベットタウン埼玉県は入間市である。

和哉は、気が付けば『ロンリーファイブ』なる寂しき者達がつくる、馬鹿馬鹿しさを極めたような組織の中枢にいた。

組織の名目は「彼氏彼女がいないメンバーを組織化して仲間意識を高める」というもので、男性メンバーはなぜか、フル九州男児であった。

福山は妻子持ちの身ではあったが、この組織とけっこう密着しており、飲み会のたびに宿を提供したものだ。

そして、その連中の話を聞きながら、

(考えに柔軟さをもたないと関東では彼女はできまい…)

そう思ったものである。

現に、ロンリーファイブの女性会員はポツリポツリと抜けていくものの、九州出身男衆は中央の席から動く気配がない。

ある男は、血管を浮き上がらせながら、

「俺は、見た目より中身重視だし、高望みもしてない! なのに、なぜ俺には彼女ができないんだー?」

何者かに問い掛けているが、答えは簡単明瞭。

「カチンコチンの九州男児が関東に来たから」

であろう。

彼らを見て、福山は、

(よかった、中途半端な九州男児で…)

胸をなでおろすのであった。

さて…。

そんな時であった。

福山の従姉妹・マリが福岡から東京へ転勤でやってきた。

福山にしてみれば、

(おぉ、マリちゃんが来るなら親族としてかわいがってやらんといかんねぇ)

その思いであり、和哉にしても、

(クラスメートが関東に出てくるとあらば、クラス会でも開かねばならんだろう)

当然、そういう風な風向きとなる。

が…、そこは人の常で、思いはあっても実行には移されず、ないがしろにされ、月日だけが風のように過ぎ去っていく。

親族の福山も、一度二度は会ったものの、従姉妹ゆえに頻繁に会う事はない。

従って、以前、冗談で言った、

「和哉とマリちゃん、付き合えばええたい」

その事が水面下で蠢いている事など知る由もない。

その日は、二月十七日に訪れた。

福山は…。

いや…、これからは『俺は』と書いたほうが良かろう。

俺は、出勤して、いつものように何気なくメールを立ち上げた。

と…。

和哉からメールがきていた。

(お、珍しい…)

そう思いながら、俺はそれを読み始めた。

(な! なんと!)

すぐに、何ともいえない熱い思いが込み上げてきた。

(嘘だろぉ?)

とめどない笑みが底の方から沸々と溢れてくる。

和哉のメールは、俺にこう告げていた。

『マリと付き合う事になった』

俺の脳裏に、四年前、ミワの事で和哉ともめた事件がモワモワと浮かび始めた。

(この男…、既に、『マリ』と呼び捨てで呼んでやがる…)

この事もあり、俺の顔はネットリとした笑みで満ち溢れている。

(さて…、あの時は、福山になんか妹はやれんと言われたからなぁ。反対する理由はないが、何かしら言ってやらねば気がすまんなぁ…)

思いながら、

(ふふふ…、しかしながら、めでたい…、詳細はどのようなものだったのか?)

顎をさすりながら思っていると、つい笑い声が出てしまった。

「おいおい、福山、どうした?」

後ろの席の先輩が俺の動きを問い掛けるのに、

「なんでもないっす…。ただ、友達が非常に面白い事になりまして、むふ、むふふふ…」

など返しながら、俺は和哉への返事を書いた。

『馴れ初めをしりたい。丁度、三月十五日は春日部で娘の誕生日会をやる。その時に二人揃って来い』

それは有無を言わせぬ一文であった。

和哉からの返事はすぐに返ってきた。

『はい…、行かせていただきます』

四年前、俺にあれほどの暴言を吐きまくった和哉が反対できるわけがないのであった。

 

 

6、告白の場所

 

和哉とマリ…。

この二人が揃った姿は、俺にとって違和感を感じずにはいられなかった。

からかい半分に、和哉の苗字は井上というのだが、

「お、福山…、じゃなかった井上君!」

そう呼んでみると、和哉はまんざらでもない風に、

「や! やめろよぉ!」

そのチキンな様をまざまざと見せ付けていた。

この日…。

俺の娘・春の誕生日会で、熊本からは俺の両親、富夫・恵美子コンビも駆けつけていた。

和哉にしてみれば、彼女・マリの親族がゾロリとそろっている中へ突入した事になり、あまり居心地のよいものではなかった事だろう。

気を使っているらしく、春にあてた立派過ぎるほどのプレゼントを、

「二人から…」

と、いう事で持ってきていたし、酒宴の間中、喋り方が何となく控え目であった。

「飲めよー、食えよー」

すすめるのだが、

「飲んでます、それに、食ってます…」

と、遠慮がちである。

結局、和哉とマリは、その馴れ初めを語る事なく、場をやり過ごした。

ここで、ちょっと話を二人から逸らし、この『誕生日会』に触れてみるが、ジジババ総出、これに道子の姉、友人といるものだから、相当な規模の宴となった。

集まった娘へのプレゼントも相当なものであった。

先ほど述べた二人からのプレゼントもさる事ながら、全員が立派なプレゼントを持参してきたため、部屋の一角はプレゼントで埋め尽くされた。

「うわー、すいませんねぇ、こんな立派なものを…」

言いながら、

(社宅のどこへ置くんだ? これだけのものを?)

その思いは外せない。

初孫の特権なのであろうが、凄まじいまでの甘やかされ方であった。

特に、義母の愛情表現は凄まじさを極めたものがある。

俺は聞いた事ないが、貴金属メーカーで『ティファニー』という一流ブランドがあるらしい。

そこの純銀製スプーンとフォークがプレゼントらしく、皇族の愛子様がもらったものと同じものだという。

「うちは皇族じゃない、庶民なんすよ!」

俺も、これには堪らず突っ込んだものだが、

「大丈夫、大丈夫、二人目にも同じ物をあげるだわさ…」

義母は、俺の話をサラリと流し、そう言うのであった。

『孫という名の宝物…』

ある大物演歌歌手はそう歌っていたが、俺達には理解し難い『なにもの』かが、義母や熊本から駆けつけた両親には流れていたのであろう。

さて…。

話を戻す事にする。

二時から飲み食いを始め、夕方には力尽きた俺と和哉は、少しの仮眠を終えると、九時前には目を覚ました。

アルコールはすっかり抜けている。

「ようし、近くの居酒屋で二次会でもやるか!」

当然、そのような運びとなり、参加者を募った。

のってきたのは道子とマリだけであった。

つまり、俺夫婦と和哉カップル、ダブルデートのような組み合わせとなった。

(これは、馴れ初めを聞くために謀られたような組み合わせやねぇ)

義姉夫婦とか道子友人が誘いを蹴った事が、何となく和哉カップルの口を割らせ易い環境へと向かわせた。

居酒屋は『とり田』という処である。

ここは、線路沿いの小さな鳥専門店で、まさに一年前、道子が破水をした場所である。

つまり、

(福山家の史跡みたいなところ…)

俺達の言葉でいえば、そういう場所になる。

そして今日は…。

ここが、和哉とマリ、二人の報告の場になろうとしている。

二人も、この組み合わせとなった時点で、

(もはや、逃げるわけにはいかんだろう…)

そう腹を決めたに違いない。

俺が問うや、スラスラと馴れ初めを話してくれ、

「この事を、俺は文章に書くぞ、いいや?」

聞くと、快く了解してくれた。

ゆえに、その聞いたままの馴れ初めを次の章で簡潔に書かせてもらう。

ちなみに…。

女というものは、自分から言い寄った場合であっても、その記憶を綺麗さっぱり消し去り、

「告白してきたのは、一方的にあんたでしょー!」

年月が経てば経つほど、そう言い出す傾向がある。

それは、子供ができると尚更顕著にみられる事となる。

ゆえに、馴れ初めを書き物として残しておく事は、男にとって、非常に効果がある。

「福ちゃんが私に詰め寄ってきたんじゃーん! ねー、春ちゃーん!」

娘を抱きかかえ、笑顔で話を捻じ曲げる道子に、俺は無言の書き物と、有言の証人達を要している。

「ふん…、記憶障害か…」

ほくそ笑む余裕すらある。

 

 

7、馴れ初め

 

和哉は関東へ出てきたマリを交え、クラス会でも催すべく、

「飲み会でもしようー」

マリに相談をもちかけたらしいが、蓋を開けると、

(関東に、連絡をとれる同級生なんて誰もいないや…)

と、なったらしい。

「じゃあ、二人で飲もう」

事はそういう具合に進み始めた。

時は二月十四日、バレンタインの日で、場所は池袋である。

そもそも、二月十四日が空いている時点で、

(マリに男っ気がない)

その事が露骨に分かり、その日に二人で会う事が、

(何かが起こりそうな…)

と、なる。

ちなみに、この文章で自分の従姉妹を『マリ』と呼び捨てにしているが、決して和哉のマネをしているわけでもなく、馴れ馴れしいわけでもない。

文体の関係上、呼称通り『ちゃん付け』で呼ぶと、その流れに違和感が生まれるためである。

さて…。

池袋で会った二人は、クラスメートゆえに話せる話題も多かったのであろう、どっぷりと居酒屋一軒へ浸かって酒を飲み、そのまま終電の時刻を迎えた。

別れ際に和哉はこう言ったらしい。

「明後日、俺の先輩が中野の劇場で芝居をやる。それに一緒に行こう」

和哉にしてみれば、次へ繋げる大事な台詞だったのであろうが、

「ごめん、その日は飲み会」

マリは、無情にもそれを断ち切った。

それから…。

意気消沈、芝居観覧を断念した和哉の元へ、マリから連絡がきたのは、芝居当日の十六日である。

「飲み会が主賓の体調不良で中止になった。芝居…、まだ行けるかな?」

それを聞いた和哉は、

「ちょっと待っとけ、手を尽くす」

言うや、舞台へ上がる先輩に連絡をとり、急遽、二人分の席を用意した。

実に涙ぐましい。

それから二人は、東京は中野で落ち合い、どのような舞台だったかは知らぬが、たっぷりとそれを鑑賞し、別れの夕刻を迎えた。

多分、舞台の幕が上がった時、二人の中を、

「恋の、カラクリ、夢芝居〜♪」

と、梅沢富美男の名曲・夢芝居(昭和五十七年)が流れ始めたに違いない。

そして、幕が下りる時、

「男と女、操りつられ、細い絆の糸引きひかれ、稽古不足を、幕は待たない♪」

サビが流れ、舞台が終わった時、

「恋は、いつでも初舞台〜♪」

歌が終わったに違いない。

マリにとっても、和哉にとっても、それがまさしく『恋の初舞台』であった。

舞台が終わってからも、二人の中にある夢芝居の余韻は消えない。

雑踏にもまれながら、二人は中央線(電車)に乗り込んだ。

別れる場所は新宿である。

中野から新宿まで、ものの五分で着く。

(新宿に着かんといいのに…)

マリは、流れゆく景色をぼんやりと眺めつつ、

(このままUターンして新幹線に乗り込んで、そのまま鹿児島本線にでも流れたい)

思った瞬間、マリの口は無意識無想に動いていた。

「井上君、うちでお茶でも飲んでいくね?」

と、同時に、

(あ!)

マリは、その口を両手でおおった。

格式高い福山家は、

「男は狼なのよ、気をつけなさい〜♪」(ピンクレディーより)

の英才教育を受けている。

マリの家は、その福山家の本家にあたり、それは尚更に深い。

(何を言ってるの、私は?)

そう思ったに違いない。

が…、既に遅い。

和哉は、

「うん、行く!」

瞬時に返事をしていた。

二人は電車に揺られつつ、マリの住む国立(くにたち)のアパートへ向かった。

和哉にとって、そこは帰り道ではない。

完全に自宅とは別方向、茶を飲むためだけに向かったわけである。

奇特な事ではある。

が…、夢芝居中の和哉にしてみれば、恋は盲目、そこが青森であろうと鳥取であろうと構わずに向かった事であろう。

和哉はマリのつくった茶を飲むと、インターネットで帰りの電車をチェックし、しばしの間、ゆるりとくつろいだ。

時間は無情にも有限である。

その間、和哉は何杯茶を飲んだであろうか、注がれるままに飲み干し、酒の一滴も入れなかった。

そして、別れの時刻を迎えた。

午後十時であったという。

「じゃ、終電だから帰る」

和哉は重い腰を上げると、マリの見送りを受け、狭い玄関で靴をはいた。

靴をはきながら、和哉の中に何とも言い難い熱波が押し寄せた。

それは、理性では如何し難い、たまった感情を外へ吐き出したい欲求であった。

(もうっ、吐きてー!)

それを吐き出せば、これより後へは引けない。

人は…。

それを『告白』という。

和哉は靴をはき終わっているのだが、無言で玄関に立ち、そのドアを開けようとしない。

ツーンと青臭い、青春の臭いで玄関は埋め尽くされた。

と、その瞬間であった。

「付き合って欲しい…」

和哉の中に轟々とうごめいていた熱波がちょろりと漏れた。

そうなると、後は『漏れる』というよりも、『溢れる』の方が言葉のチョイスとして適当であろう。

教えてはくれなかったが、

「うおぉー、青春真っ盛りー!」

そういう台詞を和哉は叫び続けたらしい。

玄関で和哉を見送る立場だったマリは、『ゲレンデが溶けるほど恋したい』その流行語がピッタリとはまる灼熱の言葉を縦横無尽に浴びせられ、無言で立ち尽くしている。

和哉から吐き出された熱波は、マリに痛々しいほどの火傷を負わせた。

しばし…、二人に重々しい沈黙が流れた。

マリの体は火傷が癒えていない。

思考がぶっ飛び、うだるような熱だけがその体を支配している。

和哉にしてみれば、すっきりさわやか、それは一週間便秘だった女が下剤一発で身軽になったそれを思わせる。

狼狽するマリを、むしろ楽しげに見やった。

もう、ここまでくれば、

(結果はどうでもいい…)

清々しい達成感に和哉は満たされている。

これは、どちらかと言うと頻繁にフラれている男にしか分からぬ感情であろうが、この吐き出した後の清々しさといったら他に類をみない。

その少し後に、吐き気とムナヤケをもよおす最悪の事態が待っていようとも、この時だけは、

(やった! 俺はやったぞ、悔いのない最高の告白をした!)

感動に打ち震えるのである。

今の和哉がその気持ちを持っているかどうか知る由はないが、俺だったら絶対にそこで酔いしれる。

だから、きっと和哉もそうだ。

そうに違いない。

さて…。

幾ら待てどもマリから返事が聞き出せない和哉は、俺ならありえないが、

「返事はいつでもええばい」

そう言うと、ドアを開け、場を去ろうとした。

静止画であった玄関の絵が、動画になった瞬間である。

マリは、それでハッと我に返った。

反射的に和哉の腕を掴んだ。

「あ…、えっと…」

マリは和哉が出て行くのを止めたものの、後の言葉が続かなかった。

和哉は無言でマリを見つめている。

マリの心臓は、その音が和哉に聞こえているのではないかと思える程に激しく鳴っている。

鳴ってはいるが、

(何か言わないと…)

その焦燥感に駆られ、感覚が鈍っている。

マリの口は重々しく動き始めた。

「待って…、返事を…、するけん…」

和哉は開けかけたドアを閉めると、姿勢を正し、正対しているマリへ意識を集中した。

さあ!

馴れ初めもクライマックスである。

マリは、掴んだ和哉の腕を放していない。

それでいて、顔を真っ赤にしながら俯き加減で、

「いいよ…、付き合お…」

そう言った。

この瞬間、和哉の顔に、得も言われぬ光がパァッと射した事は言うまでもない。

マリの顔もこれ然りである。

和哉とマリの手も、依然、繋がったままである。

あー…。

なんと、青臭い光景であろうか、これが従姉妹と友人のやり取りだと思えば、尚更にその青味は濃さを増す。

「ぬぁぁぁぁぁぁっ!」

叫びながら、夕焼け空の河原で首の辺りをかきむしりたい気分である。

が、それが現実、聞いたままの馴れ初めがこれである。

ちなみに、その日…。

和哉がスキップで帰路へついた事は言うまでもないし、マリが夜半、星を見ながら、

「ああ、お星様、ありがとう…」

なんて言いやがった事も容易に想像ができる。

これを書きながら、

(人様の馴れ初めなんて書くもんじゃねーや!)

つくづくそう思った。

「あー、首がかゆい…」

 

 

8、それから

 

和哉の報告を受け、俺は、そのお披露目会を盛大に企画した。

三月の二十一日である。

東屋という居酒屋を貸しきり、三十名弱の人間がこれに集まった。

主賓の二人は実に初々しく、

「まだ一ヶ月足らずの二人ですが、これからも続くように頑張ります」

最後の挨拶でその様な事を吐いた後、何やら気になる事を言っていたが、ここでその事に触れる必要はなかろう。

とにかく、幸せそうな二人であった。

振り返って思うに…。

マリが和哉と俺の出会いをいざない、四年の時を経たら、今度はそのマリと和哉が引っ付いた。

道子は、

「和哉君が血縁になったら笑えるねー、爆笑だよー!」

冗談めかしく言うが、可能性がないわけでもない。

不思議な連鎖反応は何をしでかすか分かったものではないからだ。

こういう時…。

運命というものの、

(そら恐ろしさ…)

を痛感する。

そもそも、俺と道子の出会いにしたって、

「全国どこでもコンパへ行きます!」

という、前述一連の流れに組み込まれた『コンパ強化月間』からきたもので、その接点は超確率である。

長野、九州、愛知、大阪と一月四回毎週末、それぞれの場所でコンパを行い、その時に大阪で知り合った女の友達が道子である。

人脈というものが背骨を成し、それに分岐する雑多な脈が合わさって運命が決定されているとしか言いようがない。

脈は相互に関係し合い、誰にも予測がつかない結末を用意する。

ゆえに、どのようにでも転び、どのようにでも向き、そして、おもしろい。

今…。

(アメリカやらイラクやら北朝鮮やら…)

模索して築くべき結末を、一瞬にして消去されかねない危険が間近に迫っている。

「運が命と書いて運命…」

そう言われれば、これも運が悪かったとして諦めるより他は無いのかもしれないが、生きるフィールドがある以上は、

(人脈を貯え、大いに結末の幅を広げていきたい…)

そう思うものである。

俺の事、道子の事、春の事…、始まったばかりのカップルの事…。

祈るべき事は多々あるが、今だけは、

(土台が揺らぎませんように…)

それを心の底から祈っておこうと思う。

世界平和を祈って…。

合掌…。

 

(終わり)