悲喜爛々25「後藤がゆく」

 

「5月10日、後藤(510)の日に、俺は結婚すっぞ!」

高専の友人・後藤がそう言い出したのは、凡そ三ヶ月前だったと思う。

熱い肥後モッコスの中でも、

「無駄に熱い、熱過ぎる…」

そう評されていた彼は、無論、恋にも熱く、走り出したら止まらないところがある。

九州工業大学、通称・九工大に在籍していた彼は、同大学の図書館でバイトをした際、この運命の人と出会ったという。

この時、後藤には彼女がいた。

愛嬌のある、実に気さくな彼女で、後藤に紹介された際、

(む…、これはなかなか…)

と、その爆裂ボディーなども踏まえ、

(よいものを見つけたのぉ…)

しみじみ、感心した事を記憶している。

が…。

図書館に通い出し、しばしの時が流れた頃であろうか、

「福山…、俺は今、燃えとっつた!」

不意をつく、後藤の『燃え宣言』を聞く事になったのである。

話を聞き進めると、

「図書館の彼女に惚れたんてぇー!」

後藤は悪びれる事なく言い放つと、

「俺はどぎゃんしたらええんやー?」

困惑の様相を呈し始めた。

後藤にすれば、図書館の彼女に魂を引っこ抜かれたが、今の彼女に不満はない…、そういうところであろうか。

俺は、間髪入れずに、

「一時、二股して様子を見れば…」

そう言った気がする。

もちろん、お約束の、

「男にとって女というものは(逆にとってもいえるが)、人生最大の買い物だけんが、ようく吟味せんといかんばい」

それも合わせて言い、後藤の熟考を促したものである。

が…、この事は、けして二股を薦めたわけではなく、

(後藤が狙う図書館の彼女と、そう上手くいくはずがない…、彼女が知らぬ間にふられ、後はなるようになるに違いない…)

根底に、その思いがあった事は否めない事実である。

が…。

事は、後藤が望む方向へ向かった。

あれよあれよという間に、図書館の彼女と付き合い始め、

「福山ー、やっぱり、あの子はええぞー!」

数日後には、鼻の穴を力の限り膨らましている後藤を目の当たりにする事になる。

俺はその時、図書館の彼女を見知っていない。

ゆえに、

(早まったかもしれんぞ、後藤…)

その事を思い、

「恋だ、愛だは、選択の繰り返しだけんね」

そういう事を言ったように思う。

さて…。

俺が言う「重要な選択を行わねばならない日」は、突然やってきた。

図書館の彼女と甘いデートを終えた後藤は、ゆるり手などを繋ぎながらマンションに帰った。

と…。

ドア越しのマンション内に、何となく人の気配がする。

筋骨隆々だが気が小さめの後藤は、

(し…、しまったぁ!)

その瞬間に、全身から油汗が噴出した事であろう。

後藤は、前の彼女に別れを切り出したものの、それは中途半端なかたちであったらしい。

「なんで?」

問う、前彼女に後藤は、

「ほ、他に好きな人が…」

うろたえつつ言ったのであろうが、そこは気の優しい後藤の事、渡していた合鍵を取り返す事もしなかったのである。

それが最悪の結末を招いた。

いや、後藤にとって、事を急ぐ場合には最良の事態であったのかもしれない。

場は、前彼女と図書館の彼女のバッティングという局面を迎えた。

顔面蒼白の後藤に対し、そこは肝の据わった女二人、見知った者同士のように悠々と落ち着き払って会話を始めた。

俺は、そこの詳しい話を知らない。

慌てふためいていたであろう後藤から、後に、

「修羅場だった…」

という呟きと、簡単な説明を受けただけである。

が…、ありありと、

「話は聞いてるわ、貴方が図書館のかたね」

「私も聞いてます…、貴方が例の博多のかたですね…」

うろたえる後藤を尻目に、狭い玄関で、女二人が臆する事なく立ち尽くしている様子が浮かぶ。

俺の友人に、中という鹿児島在住の元同期がいる。

彼などは、鹿児島を離れて北九州で浮気をした事がばれ、遠路・鹿児島より乗り込んできた彼女と浮気相手が、

「話し合おう!」

そういう事態となったらしい。

場所は、あまりにも有名なチェーンレストラン『ガスト』であったという。

最初、中を挟み、女二人が、

「これからの事を…」

と、落ち着いた仕草で語り合っていたらしいのであるが、時を追う毎にエキサイトし、中が口を挟む余裕がなくなってきたという事である。

しまいには、

「あんたは外に出てて!」

と、中は駐車場で待たされ、女二人がガストで生討論という事態になった。

その時、中がどういう心境であったのか…?

それは俺に分かるところではないが、俺なら、

(女という生き物は、なぜ、こうも肝が据わっているものか…?)

と、自らが原因の事とはいいながらも、感心せずにはいられなかった事であろう。

ちなみに、その後の彼女達は話し合いがまとまるわけもなく、ガストから憤慨の態で出てき、

「あんたが決めなさい!」

鬼の剣幕で車中の中に詰め寄ったという事である。

ああ、まったくもって恐ろしい話である。

とにかく…。

この後藤も、二人のやり取りを、ただ見ていただけのようではあるが、ガストの一件と同じように、結局は後藤が結論を出さざるを得ない。

後藤にすれば結論は出ている。

図書館の彼女の前で、威風堂々と、

「俺は、ハルミ(図書館の彼女)が好きだ! 出て行ってくれ!」

前彼女に言い放った事であろうが、気の優しい後藤の事ゆえ、それは分からない。

さて…。

俺が、図書館の彼女を紹介してもらったのは、それから数ヵ月後の事である。

これよりは『図書館の彼女』という言い方もなるまい。

ハルミ嬢と呼ぼう。

俺は、結婚式で北九州へ出向いた際、後藤の住むマンション近く、小さな居酒屋で彼女を見知る事になるわけであるが、会った瞬間、

「なんで後藤?」

そう聞かざるを得ない、その彼女の風貌に目を見張った。

とにかく美人なのである。

「うるしゃーった、福山!」

言いながら焼酎をあおる後藤と、

「え…、それは私にも分かりません…」

言いながら、顔を赤らめる彼女を何度も見ながら、

「いいものを見つけてきたな、後藤…」

しみじみ、そう言わざるを得ない。

そして、飲めば飲むほどに、後藤が全てをかなぐり捨てて、

「燃えた! 俺は、どうしようもなく燃えたぞー!」

言っていた、その意味が、

(なるほど…)

と、分かってきた。

時間が二人を、

(これは似合いのカップルだ…)

そう感じさせてくれたのである。

(ああ、この二人は、何となくゴールまで突っ走りそうだな…)

俺は居酒屋を出ると、酔った体を心地よい海風に預けつつ、

「後藤…、彼女を逃がすなよ…」

はっきりとそう言ったのである。

後藤は、大学を卒業すると、有名な自動車会社(二輪でも有名)に就職し、俺の足を追うかのように、埼玉に移ってきた。

熊本、北九州、埼玉…、時期こそ違え、この流れは俺の流れである。

そして、移ってくるや否や、福山家の住み暮らす社宅に現れ、

「俺、結婚するけん」

そう言ったのである。

俺にすれば驚く事はない。

あの彼女と、後藤を取り巻く環境を考えれば、

「当然の事…」

と、いうべきであろう。

ハルミ嬢も、社宅へ何度か現れ、道子の言葉を借りれば、

「いいよー、ごっつぁんの彼女、いいよー!」

そう絶賛している。

盛り上がった二人は、盛り上がった状態を保ったまま、後藤のいう、

「後藤(510)の日」

を迎える事になったわけである。

式の場所は北九州である。

ハルミ嬢の実家が北九州で、後藤の大学も北九州のため、その方が何かと都合がよかったのであろう。

俺は、式の二日前には熊本へ入り、親父と酒を飲み交わしながら、引越しの話などをした。

が…。

強烈な睡眠不足のため、遅くまで飲むこともかなわず、まさにコロリと寝てしまった。

その事は、前日の夜に起因する。

翌朝、8時半羽田発の便を予約していた俺は、午前5時所沢発のバスに乗り込むため、

(今日は早く寝るぞ…)

そう思っていた。

しかし、その晩にバトミントンをやり、しこたま汗をかいたため、

「一杯だけ…、飲みますか?」

そういう流れとなり、二人の男達が俺の家へと流れてきた。

俺は、

「明日は早いけんが、11時には帰ってばい!」

と、何度も念を押し、飲み始めた。

が…、飲みが終わったのは午前2時である。

原因は、いつもの後輩・今本が語り始めた事による。

「サラリーマンってのは目標を持たないと駄目ですよー!」

これを発端に延々5時間、男三人は飲み続けた事になる。

俺は、彼らを送り出した後、

「うわー、もう寝られんぞ…」

呟きながら、布団もかけずに春の横で寝ている道子を起こし、

「さ、早く寝るぞ」

と、布団を敷き始めた。

が…、むくりと起き上がった道子は、

「春ちゃんを風呂に入れてよー!」

と、言う。

確かに、飲み始める前に、

「春を風呂に入れてから寝る」

そう約束はしていた。

が…、それは11時に飲みが終わる事を見越しての話である。

「お前、俺を寝せん気や…」

困り顔で突っかかったが、

「うるさい、早く入れてよぉー!」

寝起きで機嫌が悪い道子は、有無を言わさず俺を風呂へ誘った。

春にしてみれば、ぐっすり眠っているところに服を脱がされ、そして湯船に浸けられた事になる。

(泣くか?)

そう思ったが、眠った状態を保ち、それは髪を洗うところまで続いた。

結局、風呂に入り、出てゆくまで、一度も目を覚まさなかった。

まったくもって、道子似の『便利な体』ではある。

そういうわけで、2時間弱しか寝なかった俺は、熊本でぐっすりと眠り、後藤の結婚式前日となる金曜には、万全の体調で北九州にいる事となった。

この日は、

「俺の送別会!」

である。

6月20日をもって会社を辞めてゆく俺を、九州にいる同期や先輩が、

「送別しよう…」

そう言って催してくれた、実に暖かい会である。

無論、俺にしてみれば埼玉にいるため、「結婚式で北九州に来た」という千載一遇のチャンスを逃しては、

(送別してもらう機会がない!)

そういう思いがよぎり、裏で多少の手引きを行った事は否めない事実であるが、同期の暖かい気持ちにより開かれた会という事に変わりはない。

「ありがとう、集まってくれて、ありがとう!」

感謝の念は、とどまるところを知らず溢れてくるし、その後には、

「二次会まで来てくれてありがとう!」

更なる感謝の念に身も心も濡れ尽くし、

「ラーメン屋まで付き合ってくれてありがとう!」

最終的には、そこまでに積もる。

泉さんという同期に至っては、さだまさし好きの俺のために、CDを焼いて『プレゼント』として持ってきてくれた程である。

何度言ったであろうか、もう一度だけ、

「ありがとう!」

その言葉を、来てくれた皆に発したい。

ちなみに、

「仕事だけん行けん!」

そう言って来なかった同期には、関東より、絶妙なテイスティングで有名(道子談)な『俺様の握りっ屁』を送りたいと思う。

心して受け取って欲しい。

さて…。

そういう事で、胃が悪いにも関わらず、遅くまで酒と友情を噛み締めた俺は、その翌日には結婚式を迎える事になる。

式は、『海の見える迎賓館』という、ネーミングから小洒落た場所で行われた。

聞けば、できたばかりの式場で、まだ一ヶ月足らずという事らしい。

後にその意味が分かる事になるが、式は午後5時という、何とも遅い時間に始まった。

後藤は高専の時の級友ゆえに、式場には、

「おー、懐かしかねぇー!」

心底から発さずにはいられない『懐かしの面々』が揃っている。

皆、俺を見るや、口々に、

「肥えたろ?」

とか、

「貫禄が出てきた」

そう言ってくるが、一番傷ついたのは後藤が実姉の言葉である。

俺は、学生時代から後藤の実家に頻繁に訪れていたため、後藤の家族は、かなりの顔見知りなのである。

無論、実姉とも顔見知りで、会うのは6年ぶりになろうか。

実姉は俺の顔をまじまじと見るや、悪びれる事もなく、

「はぁー、おっさんになったねぇー」

猛烈な吐息と共に言い放った。

何かを言い返そうとしたが、俺のガラス造りのハートが受けたダメージは深刻で、

「む、むむむむ…」

と、悶えただけで、場を離れるしかなかったのである。

さて…。

式は、バージンロードの先が一面黄色という何とも幻想的な教会で執り行われた。

神父は外人で、英語で一通り喋った後に和訳を入れてくれる何とも使える神父で、指輪交換の時などは、

「ミツメアッテ、クダサァーイ」

小粋なアメリカンジョークまで披露してくれた。

しかしながら、指輪交換の際、神父が語った『指輪にかける誓い』というものは、俺にとって耳が痛いものであった。

指輪は『貞操と永遠なる愛の証』だというのだ。

だとすれば、それをスナックでなくしてしまった俺は、

(貞操と愛のない男なのか?)

と、なる。

が…、言い訳をさせてもらえば、俺が指輪の交換と共に誓った事は、

「ワールドカップでスペインが勝てますように」

この事であった。

どういう事かというと、俺の結婚式で神父という大役を務めたものの名をヘスス・フェルナンデスという。

彼はスペイン人で俺の同期であり、神父職とは何の脈絡もないエンジニアである。

が…、外人であるがために、

「よし、感じが出るけん、ヘススが神父役ね」

と、衣装だけ与え、その役をやり遂げてもらったのである。

ヘススは、最初それっぽい事を言っていたらしいが、スペイン語であるがゆえに、

(誰にも分からんだろ…)

途中からそう思い、

「スペインがワールドカップで素晴らしい成績が残せると嬉しいな」

そのような事を喋ったらしい。

それに、俺と道子は、

「誓います!」

言いながら、指輪の交換をした。

ま、司会の川原という先輩が然るべき問いかけになるよう、勝手に和訳をしてくれてはいたが、ヘススの前で誓ったとすれば、指輪の誓いは『スペイン勝利』の誓いという事になる。

話は逸れてしまったが、そういう事で、

(ああ、ヘススに誓ってて良かった…。俺に比べ、後藤は指輪を外されんし、なくしたら、それこそ大変な事になる、何しろ、貞操の証だからなぁ…)

そう思った次第である。

披露宴が始まったのは18時前であった。

「こら、二次会が始まるのは9時を越すばい…」

これを発しつつ、俺の隣に座っている男は『天然もの』として、あまりにも有名な『中川太陽』その人である。

もちろん、今日もエラの張りが絶好調である。

披露宴は例の如く、派手な新郎新婦入場から始まり、会社上司の挨拶へ、そして『ご歓談の時間』へと流れつく。

俺にしても、ここからは例の如く、

「酒、注ぎ回りの時間」

となる。

まずは、学生時代に世話になった後藤一家の卓へ向かい、次いで後藤が勤めている会社上司の卓へ向かう。

この卓は最初、俺が酌をしに現れると、皆、恐縮の態で、

「いやぁ、後藤君の友達に注いでもらえるとは…」

と、杯を差し出したものであったが、俺が入間に住んでいる事や、会社名を述べた事により、その態度は一変と言わぬまでも、確かな変化を見せた。

サラリーマンらしくこの卓へ向かうならば、俺は腰低く臨まねばなるまい。

なぜなら、この卓はうちの会社からすれば、

(お客様…)

なのだ。

そして、この卓からすれば、

「なるほど…、君はその会社の者かね…」

急に、悠々たる態度になったとしてもおかしくないところであろう。

が…、それはあまりにも子供じみている。

俺は、自慢であり恥ずべき点ではあるが、この『サラリーマンっ気』が極めて少ないと自負している。

ゆえに、展開されようとする仕事がらみの話を出だしの時点で全て斬り捨てた。

その代わり、とりとめのない馬鹿話を隙間なく展開し、この卓を乗り切った。

向こうもそこは大人である。

大いに馬鹿話で盛り上がり、前述の様な展開に陥る事はなかったのである。

俺は、この『注ぎ回り』へと発つ際、まじまじと席辞表を見、

(む…、この上司の卓だけは気合を入れて臨まんといかん…)

思っていただけに、首尾は上等といえた。

が…、少々、飲まされ過ぎた感はある。

結局、ほとんどの卓を回った頃には披露宴も終盤に差し掛かっていた。

酔いもいい感じで回っている。

そんな時に、級友達の出し物が始まった。

俺は、後藤に、

「スピーチをやってくれ」

と、だいぶ前に頼まれたが、

「酒が飲みたいけん断る!」

出番が披露宴の後半であったため、

(酔えないのは困る!)

そう思い、間髪入れずに撥ね付けた。

その事が、俺の級友達に『出しもの』として流れてきたものかどうかは分からぬが、とりあえず、俺と太陽などを残し、ほとんどの高専級友が席を離れていった。

俺が断った理由のように、皆、ここまでの時間、気が気でなかったのであろう。

素面の状態を保ったまま、この時を迎えている。

俺にしてみれば、『注ぎ回り』も終わった事だし、

(さ…、後はゆるりと楽しむ事にしよう…)

と、余裕の態である。

ワイングラスを片手に、ゆったりとした姿勢で視線を前へ移してみる事にする。

級友の出しものは、浦部という男を中心にした寸劇であった。

(果たして?)

と…、身を乗り出しつつ微笑を浮かべる俺からすれば、うけるかどうか疑問なところではあったが、終わってみれば、場は拍手喝采の嵐となっていた。

俺にしても、

「おもしろい!」

と、世辞ではなく、心からの喝采を彼らに送っている。

聞けば、この出しものは、浦部が幾つもの経験の中から培ってきたものだという。

なるほど、そう言われると場数を踏んで完成された感がある寸劇ではあったが、俺にしてみれば、

(浦部が、あそこまで堂々とした態度で臨んだという事が素晴らしい…)

と、彼の著しい成長を認めざるを得ない。

寸劇の内容は、リーダー浦部の掛け声の元、新郎・後藤へ近付くためのコントを行うというものであったが、構成と運びが実に素晴らしく、何より浦部の声が、

(あいつも変わったなぁ…)

しみじみと頷かずにはいられない『見事な通り』を見せていた。

ここで、この浦部の武勇伝(?)を語らせてもらう。

なぜなら、この武勇伝が彼の学生時代の人格を露呈しているといえるからだ。

あれは…。

高専を卒業する間際の時期までさかのぼる。

卒業研究(以後、卒研)の発表を間近に控えた俺達は、連日連夜、学校に泊り込み、一年間の研究を仕上げるために躍起になっていた。

無論、それは浦部にもいえる。

浦部という男は、頭は文系のくせに、努力家の常でトップクラスの成績をおさめ、それは卒研にも顕著に現れている。

浦部と同じ研究室にあの太陽がいるのであるが、それとは比べものにならぬ見事な研究を重ね、担当教官も、

「うん…、太陽とぜんぜん違う…」

そうもらしていた程である。

が…。

その集大成、卒研発表当日に事件は起こった。

浦部が積み重ねてきた研究のデータが、パソコンの不具合か何かにより消えたのである。

浦部は茫然自失の態であった事だろう。

理系の大学では、卒研発表をしなかったものは、当然、留年となる。

が…、浦部にはデータが消えようとも、積み重ねてきた知識がある。

事情を説明し、絵の少ないプレゼンになろうとも発表すれば良かったのだ。

それでも、太陽よりも俺よりも素晴らしい発表ができた事であろう。

が…、この時の浦部は完璧を求めすぎたというよりも、単に幼な過ぎた。

フラリと研究室を出た浦部は、どこへゆくとも告げず、そのまま失踪した。

徹夜作業に燃えている早朝の学校では、

「え、浦部が失踪、まじや?」

「嘘、データが消えたて! うわー、きちーね!」

他人事ではあるが盛り上がり、浦部はまさに『時の人』となった。

が…、この連中が盛り上がるのはこれからである。

今は皆が皆、

(発表までには戻ってくっど…)

などと軽く考えているし、何よりも、それどころではない『自分の事』が優先な時である。

盛り上がりの極みを見せたのは、この翌日となった。

まず、その日の発表に浦部は現れなかった。

この時点で、太陽や俺なら留年が決定である。

が…、事情が事情という事と、今までの奮闘ぶりを教官が知っているという事で、

「浦部には再発表をさせる」

そういう温情がかけられた。

それでも浦部は現れない。

その代わり、浦部の実母が学校に現れ、

「福山君…、知ってるんでしょ息子の居所を…、教えてください…」

何も知らない俺に、涙ながらに訴えてきた。

これで『浦部失踪』は本格的な事件となった。

皆、口々に浦部の奇行を、

「あいつは只者じゃにゃーばい、凄まじい事をやってくれた!」

と、褒め称え、

「なんか、学生時代がこれで終わるって感じがすんね…」

と、その事が、5年間に渡る高専時代の締めくくりのように言われ始めた。

浦部は翌日も、その翌日も現れない。

が…、ある日、ケロリとした様で、普通に現れた。

「よっ…」

などと、本当に普通に現れ、普通に席に座っていた。

瞬間に皆が弾けた。

「なんや浦部ー、心配したんぞー!」

ちっとも心配などしていないくせに、皆は浦部と手を取り合い、中には涙ながらに、

「一緒に卒業しよう!」

などと、空々しいことを言う奴まで現れた。

(人間ってやつは…、ねぇ…)

その時、俺は大人の世界を垣間見た気がした。

浦部はそれから再発表を行い、無事に俺達と卒業したのであるが、その短い期間、浦部が英雄として扱われた事は言うまでもない。

とにかく、この事件は、後藤の結婚式に来ている級友なら誰もが、

「知ってる知ってる、あれは笑った…」

そういえる話であり、

「まさに、あの時の浦部の性格を現しとるね」

そうもいえる話である。

とにかく、そんな浦部であるから、なんとなくフニャフニャとしたイメージがあった。

が…、5月10日、新郎新婦の前で堂々と『出しもの』をやり遂げた浦部にその印象は見当たらない。

席に戻ってきた浦部に、俺が、

「お前、成長したねぇ…」

しみじみ言うと、

「昔の俺じゃにゃーばい」

浦部にもその自負があるらしい。

そこだけは、昔と変わらぬフニャフニャした動きで、

「だてに熊本を離れて5年も経っとらんぞ」

そう言ってくれた。

(うーん、勝手に成長しやがって…、俺も負けられん…)

その事を思った次第である。

さて…。

余談が余談を生み、長々と、原稿用紙30枚の文量を一気に書いてしまったが、後藤の結婚式はここへきて、やっとクライマックスを迎える。

ハルミ嬢の『親へ送る言葉』が始まったのである。

ハルミ嬢は、式が始まった時点から隙を見て泣いているようであったが、ここへきて感極まるところがあったらしく、涙声で手紙を読み始めた。

何度も、こういうシチュエーションを見てきたけれども、やはり、

(何度見てもジーンと来るなぁ…)

この花束贈呈の瞬間というものは、そういうところがある。

特に、ハルミ嬢が、

「ステキな義父さんと義母さん…」

言った瞬間に、見慣れた後藤の実母が泣き崩れたところなんか胸に迫るところがあった。

「私は遠い埼玉に行ってしまうけれど、たまには帰ってくるからね」

ハルミ嬢の言葉に何度も頷く新婦側親族の姿なども他人事には思えない。

(後藤も俺同様…、今から頑張らんといかん…)

道子や春や義母を想い、そして、少しだけ薄くなった髪をビンビンに立て、胸を張って立ち尽くす後藤を見、

(俺も…、あいつのように燃えねばならん…)

再度、その思いを確認するのである。

ハルミ嬢の話が終わると、

「高いんだからな、味わって飲めよ!」

と、学生時代に濁り酒を持ってきてくれた後藤の実父が挨拶をし、次に、新郎である後藤がゆっくりゆっくりと、

「自分は、ハルミと巡り会えて幸せ…」

みたいな事を、ねちょーんと語った。

そして、最後に、

(なるほど、式を遅い時間に設定したのはこのためか!)

思われる演出が待っていたのである。

マイク右手に、

「それじゃ、いくぞぉー!」

後藤の叫び声が響いたかと思うと、お馴染みの「1、2、3、ダッー!」が続くわけだが、「ダー」の声に合わせて照明が落ち、その代わり、窓から見える景色に眩い花火があがったのである。

『海が見える迎賓館』という式場だけあって、窓ガラスは特大である。

そこに見事な光の演出が成されている。

(ふふふ…、後藤らしく熱い締めだな…)

皆、そういう思いで、その噴き上がる光を見つめた事であろう。

実に、いい終わり方だったと思う。

さて…。

気付けば、時計は9時を越えるか越えないかの時刻を示していた。

「二次会は10時から小倉でやりまーす!」

幹事の声が響き渡るように、3駅ほど離れた繁華街でやるらしい。

外へ出ると、

「40分くらいオーバーしてますよ…」

呟き合っていたスタッフ達が、俺と目を合わせ、

「あ…、お疲れ様でございました」

急に、かたちを改めた。

(なるほど、確かに3時間以上が経過している…)

俺は、彼らの呟きでその事に気付いた。

駅までは少し距離がある。

俺は、久しぶりに太陽と肩を並べ、

「今日は、3時くらいまで飲むことになるんじゃにゃー」

「まじで…、久しぶりばい…、わおっ!」

そのような会話をしつつ、海沿いの道をゆるりと歩いた。

飲み会は、確かに午前3時まで続く事になる。

俺は、久しぶりに高専時代の友人達と酒を飲み交わし、学生時代より、お互いに酒量は落ちたけれども『変わらぬ飲み方』を続ける面々を見、

(いい刺激になる…)

つくづく、その事を思った。

裸になり、隆々とした体をさらしつつ、腕相撲で友人をねじ伏せる新郎・後藤に、

「もう、私の旦那ったら!」

と、熱過ぎる視線を放つ新婦・ハルミ嬢。

それを見ながら、

(俺も痩せんといかん!)

思う俺。

刺激はこういった『意外なところ』にもある。

寄って来る彼女を寄せ付けず、かといって適度な距離を保ちつつ、

「俺の彼女なんだから、しかと働け!」

凛とした姿勢で幹事業務に徹するカンノリという友人などなど…。

(むぅん、勉強になる…)

瞠目せざるを得ない場面が多く、

(皆の著しい成長、実に嬉しい事だが負けられん…)

その事も思った。

青春時代に培った級友というものは、忘れ難き友人であると共に、忘れ難きライバルなのであろうか…。

新郎の後藤は、実に幸せそうな顔で酔っ払い、場所が変われば、いつもの熱さを遺憾なく発揮し、

「挨拶ばさせろぉー!」

と、マイクをとり、式場同様の、

「俺は、ハルミを守るぞー!」

そのような事を訴えるし、ハルミ嬢も実に幸せそうな笑顔を崩さない。

(後藤め…、いいのを捕まえたばい…)

今更ながら、しみじみ、そう思った。

しかしながら…。

二人にとって、今日という日は、

「こいつしかない!」

思った瞬間に突っ走った『後藤の熱さ』が得たものである。

俺も、人から言わせれば後藤と同じような類なのかもしれないし、ここへ足を運んでいる級友にも同じような例は少なくない。

「熱さを惜しむな、走りぬけ!」

「チャンスを逃すな、飛びかかれ!」

「カロリー惜しむな、寝るのを惜しめ!」

「熱く、熱く、熱く生きろ!」

熊本にあって無駄な熱さを持つと言われている後藤は、確かに俺から見ても、

「無駄すぎる…」

そう思わざるを得ないところが少なくない。

が…、

(熱さを失った人間は、ただの腑抜けだ…)

という、極めて重要だが忘れやすい『その事』を知るには、

(露骨で、最適…)

そう思えてしょうがない。

たくさんの人が後藤により『その事』を思い出した事であろう。

さて…。

後藤にしてみれば、これから夢にまで描いた幸せな結婚生活を送る事になる。

が…、同時に、

「俺が守らにゃ誰が守る!」

という、何とも人様に伝え難い『重い責任』を感じる事であろう。

その事により、後藤は更に燃え、新たなる目標を見出し、いつもの、

「ぬぉー、燃えたぞー!」

その叫びを発してくれるはずである。

熱い…、素晴らしい家庭を作ってくれるものと期待している。

ちなみに俺、福山裕教は…。

今週末まで年休消化のゴールデンウィークで、

(小説書きに燃えんといかん!)

そう思いながらも空回りし、このような長文を作成している真っ最中である。

が…。

(これは無駄ではない…)

今日のこれに関しては、そう思う事にしたい。

明日は、長さんという級友が来るため無理であろうが、明後日からは、

(今までより、熱い心で頑張れる!)

毎度お馴染みではあるが、そう思えたからである。

とにかく、

「熱くなりたい時には後藤…」

これは、俺のお奨めである。