悲喜爛々33「鷹と虎」

 

 

10月27日…。

俺は、プレミアゲームともいえる日本シリーズ第七戦を見に行った。

徳川という学生時代の友人が、

「行くぞ」

飯でも誘うかの気軽さで、そう言ってくれたからだ。

彼は奇特な事に、第五戦が終わった時点で数倍の値を払いチケットを購入したという。

誘われた時、俺は沸き立つハートを抑えて躊躇った。

「行きたいが…」

と、ウジウジした。

無職の福山家に金銭的余裕はなく、道子が反対する事は火を見るより明らかだったからだ。

が…、徳川という友人は、軽い調子でこう言ってくれた。

「よかよか、定価でええばい」

俺はその言葉に甘え、そしてむさぼり付いた。

「まじで! 行く、絶対に行く! 他の人に譲らんでばい!」

仔細を聞けばこの友人、甲子園での三戦〜五戦、全てが取れたらしく、その大半のチケットをネットで売り払ったらしい。

第五戦だけは佐賀から甲子園まで足を運び、四面楚歌の状況で見てきたらしいが、

「いやぁ、阪神ファンは凄い」

ダイエーファンとしては、ぐうの音も出ない観戦だったようだ。

が…、俺に言わせてもらえば、その試合のお陰で、

(こうなったら、福岡での最終ゲームをどうしても見たい…)

徳川の気持ちがそういう風に傾いていったともいえる。

彼は甲子園分を売って得た金で、あるかどうかも分からない最終戦のチケットを数倍の値を出して買った。

そして、俺に、

「一人で行ってもつまらんけん行くばい。どうせ浮いた金で買ったんだけん定価でええよ」

そう言ってくれたのだ。

(ラッキー!)

俺にしてみれば、これは、いきなり舞い込んできた幸運以外の何ものでもない。

猛烈に喜んだ。

が…、これに凹んだ女がいた。

道子である。

「私も行きたいよー」

猛烈に暴れ出し、ついには独断で徳川にメールを打った。

内容は、

「私も行きたいです、私の分はないのですか?」

そういったものである。

徳川からの返事は来るはずもなかった。

チケットは二枚しかない…、ていうか、二枚あるだけでもありがたいプレミアチケットなのだ。

そういう事で、俺は道子にブリブリと文句を言われながら山鹿を出た。

徳川の家は佐賀県の基山というところにある。

山鹿からフルに高速を使えば1時間ちょいで着く。

が…、時間はたっぷりあったし、いつもの経済的理由から下道で八女の先・広川まで行き、そこから高速に乗った。

途中、土産に馬刺しを買い、ゆるりと向かった。

正午をちょっと回った頃に徳川家に着いた。

車を近くの空き地に停め、家にいた徳川の母ちゃんに馬刺しを渡し、

「お構いなく…」

と、すぐに最寄の駅から電車に乗った。

徳川は無職の俺とは違い働いているので「早く上がる」とは言っていたものの、平日の正午から家にいるはずもない。

勝手に福岡ドーム集合という事にし、博多へ向かった。

博多周辺は、言わずと知れた九州一の大都会である。

が…、俺との縁は極めて薄い。

5回ほど飲んだきりで、後は通過点として用いたのみだ。

ゆえ、早めに着き、一度じっくりと歩きたかったのである。

(よし、博多駅からドームまで歩いていこう)

そういう風に俺の中で予定が立った。

昼飯をキャナルシティー内にある「ラーメンスタジアム」で食い、天神散策をし、それから福岡城、大濠公園と流れ、ドームへゆく。

午後5時には目的地に着く算段であった。

地図はない。

山勘で進みつつ、ところどころに設置されている案内板を見た。

が…、案内されているエリアが狭すぎて、さっぱりどこを歩いているのか分からなかった。

(まぁいい、福岡は狭いのだ、間違えて長崎へゆく事はない…)

俺は気楽に気楽に第一目的地キャナルシティーを目指して進む。

すると、なぜか海へ出た。

右手には賑やかでお洒落な街並が見えた。

マリンメッセ福岡と書いてある。

(これは完全に間違えたな)

バッチリそう確信した俺は、どう見ても地元民だと思われる鉢巻を巻いた漁師らしきオッサンに道を問うた。

オッサンは俺の話を聞くや爆笑した。

「駅からキャナルシティーに出ようとして海に出る馬鹿者はおらんばい、ムフッ」

そう言い、えらく丁寧に道を教えてくれた。

別れ際、

「ほぅら兄ちゃん、これ持ってけ」

と、なぜか喉飴を4個くれた。

この行動の意味は未だに不明である。

これが玄界灘の文化なのであろうか。

さて…。

そんなこんなで数倍の時間をかけてキャナルシティーに着いた。

ここは入社一年目に訪れた以来なので五年ぶりになろうか。

前は人の多さに唖然としたものだが、今日は平日という事もあって空いていた。

皆、とてもお洒落な格好をしており、普通の格好をしているのは、俺か浮浪者、もしくは阪神ファンくらいのものだった。

街を歩いて分かった事だが、ダイエーファンは得てしてユニフォームの上からジャンバーなどを羽織っているのに対し、阪神ファンはもろにユニフォーム姿で街を歩いていた。

ていうか、福岡という街に喧嘩をふっかけているのであろう、狙って目立つ姿で歩いているとしか思えない。

ほぼ全員が手にはメガホンなどを持ち、様々な選手のユニフォームを着ている。

なぜかランディーバースのユニフォームを着ている奴もいた。

また、アフロヘアーを黄色と黒の縦縞に染めている奴もいた。

真昼間から六甲おろしを歌っている連中もいた。

(根性が据わっているのぉ…)

敵ながら、そう思わずにはいられない。

敵地で自軍のユニフォームをまとい、堂々と応援歌を歌うのだ。

(ダイエーを応援する人々に、道頓堀で応援歌を歌えと言っても歌えるものは少なかろう)

そんな事を思いながら、俺はラーメンスタジアム内にある「大砲ラーメン」という久留米の店に入った。

俺の格好はジーパンにフリース、その周りをお洒落なカップルが取り囲んでいた。

皆、口々にダイエーと阪神の事を話し、

「チケットが取れんかったんたいねー」

そういう声が聞こえてきた。

俺は実に鼻が高かった。

ちなみに、このラーメンスタジアムであるが、全国各地から選りすぐりのラーメン屋が入っているようであり、その浮き沈みも実にハッキリとしているようだ。

俺が入った久留米ラーメン屋が最も客足がよく、東北から来ていたラーメン屋には人っ子一人入っていなかった。

熊本からはお馴染みの味千ラーメンが入っていたが、値段がスタジアム内で最も安いという事も手伝ってか、なかなかの盛況ぶりだったようだ。

やはり、九州人には九州の味が合うのであろう。

さて…。

それからの俺は那珂川沿いを歩き、途中、国道を通って天神を通過した。

那珂川にはオレンジ色の浮き輪が幾つも浮かしてあった。

前回、ダイエーがリーグ優勝した際、飛び込んだ人が流れ落ちていったからだという。

(ふふ…、若者のやる事よ…)

老獪な笑みを見せつつ、俺は福岡城を目指している自分の事を思い、

(若者の観光ルートとは思えん)

そうも思った。

が…、事実、キャナルシティーにはラーメンスタジアム以外の魅力を感じなかったし、求めるがままに俺の足は福岡城を目指している。

好みというものに嘘をつく事はできない。

たっぷりの時間をかけて福岡城に着いた。

ちなみに、福岡城と言っても熊本城のように天守閣などがあるわけではない。

立派な石垣だけが残っており、福岡の街を見下ろす事ができる。

正しくは城址であり、公園である。

ここにいたのは浮浪者と定年を過ぎた人々、それにいかにも仕事をサボっている営業マンであった。

俺はその中に見事溶け込み、写真などを撮り、その石垣・歴史などの案内板を読み漁った。

下は福岡城から見たドームである。

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それから隣の大濠公園に行った。

この公園の概要を成すのは湖である。(写真)

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大きな湖の周りには、高そうな犬を連れた高そうな婦人で溢れていた。

「まぁ、そちらのワンちゃん、毛並みの素晴らしいこと」

「そちらこそ」

犬と人が一緒になり「オホホホ」ていう感じで戯れている様が実に平和であった。

ちなみに…。

お馴染みの長さんは仕事を辞めて福岡に帰っていた時、この大濠公園を毎日歩いていたらしい。

その光景を思い浮かべると、何だか妙な滑稽感があり、一人笑いをせずにはいられなかった。

さて…。

ここで腕の時計を見ると午後5時前であった。

ここまで来るとドームは見える位置で、近付くにつれ、虎、鷹それぞれのユニフォーム姿が増えていった。

悶えている阪神ファンも多数見え始めた。

どう悶えているのかというと、

「チケット譲ってー、高くて買えへんー」

関西弁で叫びつつ、ダンボールに「チケット、安く譲って」そう書いたものを振っていた。

阪神ファンに限ってそういう人が多く、どの目も異常に血走っていた。

また、軽トラックの荷台に山ほどの阪神グッズを載せ、路上販売しているのも明らかに関西人であった。

トラックでなく、歩道にグッズを広げて売っている連中もいた。

これも関西弁であった。

この人達は警察が来ると、

「なんでやー、今日は年に1回の祭りやろー」

そう言いながら、渋々と片付け、警官が見えなくなると、

「腹立つわぁ」

ブツブツ言いながら、また店を出していた。

(見事な関西人っぷりだなぁ…)

そう思いつつ黄色い人々を眺めた。

コテコテの関西人を見るのは、なぜか楽しかった。

ちなみに、チケットを持っている徳川は仕事が終わってから来るという事なので、ドームに着くのは試合開始ギリギリになるとの事であった。

ゆえ、福岡ドームには五時過ぎに着いたのであるが、丸一時間は暇がある。

とりあえず、歩き過ぎて喉が渇いていたのでドーム前のレストランでビールを飲んだ。

話す人がいないので変な具合に飲むことに集中し、駆けつけでジョッキ4杯飲んだ。

キンキンに冷えていて、何ともいえず美味かった。

が…、飲んだ後で、

「もー、そんなものに貴重な金を使わないでよぉー」

プリプリ怒る道子の絵が鮮明に浮かんだ。

しかし、ここは福岡、実家からは100キロ弱の距離があると思えば気にもならず、

「むふふ、俺は自由だ…」

と、もう一杯飲んだ。

外に出る頃には好い加減になっていた。

左手に鷹神社という安っぽい神社があった。

長々と説明書きが書いてあったが、要約すると「ダイエーホークスが勝ち、ダイエーの業績が伸びる事を祈った神社」という事であった。

後者の祈りは既に叶わなかった事になろう。

が…、前者の祈りは叶いそうなところにある。

俺は50円も賽銭を入れ、ダイエーの勝利を願った。

すると、突然にどこかのテレビ局、そのリポーターが現れ、俺の後ろに並んでいる四人組をインタビューし始めた。

四人組は全員が城島のユニフォームを着、更にキャッチャーマスク、プロテクターを装備していた。

明らかに目立つ事を狙った城島ファンであった。

この城島四人衆は、

「ダイエーが勝つ事を確信しております!」

そのような事を長々と喋っていた。

方言を聞いていると福岡のそれではなく、長崎訛りであった。

多分、城島が佐世保出身なので、そちら方面から来たのであろう。

このインタビューの途中、目立ちたがる事では全国一であろう阪神ファンが当たり前のように飛び込んできた。

(お…、面白くなってきた…)

そう思って見ていると、阪神ファンは猛烈な勢いでカメラに寄り、

「阪神、阪神、阪神、めっちゃ好っきゃねーん」

そのような事を叫び始めた。

これを見ていた周りの阪神ファンも便乗し、場は一瞬にして黄色に染まった。

が…、城島四人衆も負けていない。

阪神ファンを押しのけ、カメラに向かって、

「城島ラブー!」

そういった呪文を唱え始めた。

これに便乗するダイエーファンも集まり始めた。

(暴動が起こるかも…?)

ワクワクして見ていると、これはテレビ局が狙ったものらしく、えらく慣れた感じで若いディレクターらしき人物が、

「後1分後にテレビ繋げまーす、全国が見てますので、両軍揃った大きな応援をお願い致しまーす!」

そう叫び、人々を鎮め始めた。

ADらしき若手は道ゆく派手な人を捕まえ、応援の人数を膨らまそうと躍起になっているようだった。

そのADが捕まえてきた阪神側に大物がいた。

身に付けているものは黄色い全身タイツで、顔にも足にも虎をイメージしたペイントが施されている。

テレビ関係者はそういった目立つ人を前に立たせ、普通の人は後ろにやり、盛り上がっているように見える配置換えを行った。

そして、放送10秒前になると、

「盛り上がってください、盛り上がってください」

そう唱えながらカウントダウンを始めた。

「3、2、1、はいっ!」

ディレクターの声で黄色と白の一団は猛烈な声を上げ、そして暴れ始めた。

リポーターは、

「す、凄い、凄い応援です! キャー、凄いですぅー!」

などと、キャッチャー四人衆や虎のペイント男に吹っ飛ばされながら問答を続け、最後、

「試合15分前、異常な熱気に包まれている福岡ドーム前からでしたー」

そういう風に結んだ。

(なるほど…)

俺は番組作りというものに関して素人のため、とても勉強になった。

と…。

6時を過ぎた頃に徳川が来た。

「悪い、悪い」

そう言いながら、俺にプレミアの白いチケットを渡してくれた。

場所は応援するには最高のところであった。

ライトスタンドの前から6列目である。

席に着くやすぐ、ローソンの社長と呼ばれたオッサンがお馴染みのローソンウェアをまとって現れ、ワンバウンドで始球式を終えた。

ギリギリに入った事もあり、何だか試合が慌しく開始されたように思った。

「ビール飲まにゃん、ビール」

そのような事を言い、

「ねえちゃーん、おーい、そこのキリンビールのねえちゃーん!」

売り子を呼んで、注いでもらい、一口飲んだ後に、

「おい、ちょっと泡が多いよぉ」

文句を言うと、

「すいません、ちょっと注ぎ足します」

一口飲んだ分を注ぎ足してくれた。

いつものやり取りである。

そんな事をしていると、いきなりノーアウトで二人のランナーが出た。

阪神のランナーが出たのである。

「なんや、いきなり…」

不安げにマウンドを見つめた。

今日のピッチャーは和田である。

俺は檄を飛ばした。

酒も入っていたので、

「しっかせぇーよぉー」

大声でそう言った。

すると、前にいたオッサンが俺の方を向き、

「まさしく!」

頷きながらそう言い、バチッと親指を立てた。

オッサンは白いホームゲーム用のユニフォームを着ており、両肩、頭に鷹の人形を付けている。

もろに「鷹命」という感じの人であり、その脇にいる子供もその血を受け継いでいる風貌であった。

オッサンの顔は和哉(前会社の同期)の親父さんに瓜二つであった。

(兄弟か?)

そう思い、どこかに名前が書いてないかと見回したところ、ユニフォームの襟部分に名があった。

井上でも福山でもなかった。

(いかん、いかん、集中せねば…)

俺は酔っていたので、最初どうも集中できなかった。

無駄な事を考えている自分に気付いては自分自身を戒めた。

冷たいビールを飲みながら、マウンドに集中した。

すると、ゲッツーなどを絡め、無傷でこの回を乗り切ったではないか。

俺は諸手を上げて喜び、徳川とメガホンを打ちつけ合った。

前のオッサンは言うまでもなく盛り上がり、次いで子供と息の合った応援ダンスを見せ付けてくれ、それが終わると俺のメガホンに自分のものを打ちつけて来た。

実に好感が持てるオッサンであった。

それからの試合は、もはや語るまでもなかろう。

熊本が誇る四番バッター松中のタイムリーが出た。

続いて、井口のホームランがうちらの応援席の二つ三つほど前に飛び込んで来、それを狼煙として城島の二発が出た。

終わってみれば四点差をつけての圧勝であった。

応援する側としては最高の試合だったと言わざるを得ない。

応援団の一人が、

「黄色いところを指せー」

そういう風に叫ぶと、ライトスタンド全員がレフトスタンドをメガホンで指した。

そして、

「レフトへ打ち込め城島♪」

声を合わせて応援するや、城島は狙いすましたかのように黄色いところへぶち込むのである。

もう一発も然り。

「最高やねー」

そう言い合い、何度も何度も徳川やオッサンとメガホンを合わせた。

阪神の応援は噂通り凄まじかった。

人数こそ少なかったが声量も豊富で、更に声と動きがピタリ合っていて、

(まるで合唱部のようだ…)

そう思った。(写真はラッキー7前のレフトスタンド)

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試合が終わると、遠くのマウンド辺りで王監督の胴上げがあり、続いてヒーローインタビューなどが行われた。

阪神の応援も尋常ではなかったが、こちらの応援も負けてはいなかったろう。

壇上に上った王監督の言葉、その継ぎ目継ぎ目に凄まじい声が上がり、俺の声もこの時点で枯れ果てていた。

ある解説者が、

「最も熱狂的なファンを持つ二球団がぶつかった」

そう言っていたが、まさにその通りだと思った。

この熱は単純に地元愛の強さと考えても良かろう。

九州と近畿、確かにどちらも地元愛は強そうである。

それから…。

閉会式と題してMVPの発表などがあり、それに約1時間を要した。

はっきり言って、その部分はダレた。

酔っている俺などは眠くなった。

が…、閉会式が終わると、ダイエーの球場行進、花火などに移ったため目が冴えた。

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特に、熊本出身・松中を贔屓にしているため、選手の先頭を堂々と歩いていく彼の姿には心底しびれた。

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「まっちゃん、最高だったばい…」

呟きつつ、松中が優秀賞にも選ばれなかった事を腹立たしく思った。

選手がベンチの奥に下がっても応援団は帰る気配さえ見せなかった。

それどころか、益々ヒートアップし、応援歌を歌いまくった。

花火も上がった。

「V」の字に形作られた仕掛花火がドームの中央に赤々と光った。

応援歌をもう一度歌い、ゆっくりと開くドームの屋根からは冷たい風が吹き付けてきた。

「おー!」

歓声が上がり、開いた屋根の隙間から見える暗い空を皆が眺めた。

星は見えなかったが、そこから冷たい風が猛烈に吹いていると思うと、その闇が神々しいとさえ思われた。

応援歌を歌い終えると、一部の人達は紙テープを投げたり、風船を飛ばしたりした。

多分、グランド一周の際、投げ損ねた分や飛ばし損ねた分を消費しているのであろう。

(終わった…)

まさに今シーズンが終わったという感じであった。

しみじみ、今年の日本シリーズは素晴らしかったと思い、シーズン自体が最高だったと思った。(ダイエーファンにとって)

野球に興味がない者からしてみれば、

(くだらん…)

そう思われるかもしれないが、熱くなれるという事は素晴らしいことだと思う。

増してや熱くなれる事に多くの人が加担してくれた時、その熱は大いなる意味合いを持つ。

人を元気付け、地域を元気付け、延いては社会を元気付ける。

野球はその点、日本で最も愛されているぶん恩恵が深い。

妙に冷めている人を見ると、

(かわいそうに…、熱くなれるうちが華なのに…)

心底そう思う。

応戦席で見知らぬオッサンと手を取り合って喜べる事も恩恵の一つであろう。

「よかったですねぇー」

「まったく、まったく」

俺は最高の瞬間を心から楽しんでいた。

と、その時である。

ガァン!

猛烈な響きと共に、体に衝撃が走った。

何が起こったのか全く分からなかったが急に鈍痛が走り、続いて後頭部に猛烈な痛みを感じた。

「う、うう…」

頭を抱えてもがきながら振り向くと、後ろのオッサンが、

「ひどい奴がいるねぇ」

足元を転がっている紙テープを指差した。

それは、まだ伸びきっていないまとまっている紙テープで、かなりの重量があるものだった。

これが俺の後頭部に猛烈な速度で命中したのだと分かった。

「誰だ!」

怒りに目を血走らせて、後ろを見渡したが、誰も彼もが応援に酔っており、俺と目を合わせる者は一人もいない。

結局は誰が投げたものか分からなかった。

多分、投げた者も投げた先を見もせずに投げたのであろう。

気付いてはいまい。

「くそー、苛々するー!」

折角いい気持ちだったのに、完全に水をさされた心持ちだ。

気を静めようとグラウンドを見た。

すると、そこには風の悪戯による素晴らしい道が出来上がっていた。

天井から吹き降ろされる玄界灘の風は、グランドに散らばっている紙テープをレフト側からセンター方向に集め、それが一本の道となってセンターからホームに走っていたのだ。

「ほぉー!」

これには俺の機嫌も一発で直った。

頭の痛みは治らずともである。

ドームの屋根はたっぷりの時間をかけ、半分開いた。

福岡ドームの常連客である徳川が、

「こんなにも開くのは初めてばい」

そう言って驚いた。

ダイエーが勝った時、ドームの屋根を開ける儀式はファンに好評らしく、一度はやめようかという案も上がったがファンに却下されたらしい。

(確かに…、これはいい…)

俺は今日、その事をこんなかたちで納得できるとは思っていなかったが、やはり百聞は一見にしかず、見て感じて納得した。

俺が福岡ドームに行くとダイエーは必ず負けていたため、今まで見れなかったのだ。

ホームに走る紙テープの道は少しずつ少しずつ風に押され、その太さを増していった。

試合が終わって優に一時間以上が経過しているが、ライトスタンドが発する声量は変わっていない。

俺には、その声を受けてテープの道が太っているように思われた。

レフトスタンドの黄色い一団は綺麗に去り、物音一つ立てていない。

が…、後で分かる事だが、阪神ファンは球場の外で六甲おろしを歌っていた。

それは悲しみの慟哭ではあったが、その分、異様な迫力があった。

鬱屈とした六甲おろしはダイエーファンに噛みつき、そして飲み込むまで響き続けた。

俺は見た。

ダイエーファンが、

「いい試合だったねー」

「まじで、よかったばい」

喜び露わに雑談していたところ、阪神ファンが突如現れ、六甲おろしを大声で歌い、足早に去っていくところを…。(数件)

後、新聞で読んだ話であるが、この日、問題の那珂川には330人ものダイエーファンが飛び込んだらしい。

これは予想できた事だ。

が…、その脇で悲しげに六甲おろしを歌いながら那珂川に飛び込んだ阪神ファンがいたという。

こうなると正気の沙汰とは思えない。

俺は今日、福岡の街を足が痛くなるまで歩き、めでたく優勝の現場に立ち合わせてもらったが、阪神ファンには最初から最後まで驚かされっぱなしであった。

(凄まじい連中だ…)

つくづくそう思い、ふと、

(世界最強といわれる大阪のオバサンを観察してみたい)

その衝動に駆られた。

最近の道子は言う。

「京都に行きたいよー」

京都といえば、歴史の産物その宝庫。

それに最強のオバサンが生息する大阪にも近い。

「よしっ!」

その事で俺の計画好き、その魂に火がついた。

道子は知らないだろう。

自らの何気ない一言が、

(熊本から高速を使わずに京都へ行こう! 往復二週間プランだ!)

俺のそういう決断を促したという事を…。

無職ゆえ、日はある。

だが、金はない。

この貴重な期間に、ゆっくりと日本中を旅したいものだ。

 

〜 終わり 〜