プロジェクトのご説明
古き良き時代を懐かしむ大人が集い、昭和に特化した異空間を創造するプロジェクト。キーワードは泣いて・笑って・活きる。人として生まれた事を本気で喜べる空間を創ります。
人間の醍醐味は心にある。目に見えるものが日に日に渇いたとしても思い出だけは渇きません。昭和の歌と雰囲気は思い出を奮い立たせ、大いなる潤いを引き出してくれるでしょう。
共にあの歌で泣きましょう。期待して下さい。(2011年4月記載)


プロジェクトUの進捗
おもひで屋台・昭和歌酔の詳細はこちらをクリック!
2014年6月6日
メニュー表示用のプレートを作った。今日の肴はホワイトボードに書く。今日の酒はプレートを下げる。ちなみに「婦人乃酒」はカクテルの事。屋台なので横文字を嫌った。
2014年6月5日
100円ショップに紙製ちょうちんが売ってたので「呑・酔・カラクリ」の文字を入れ、血飛沫を飛ばし(必殺仕事人を意識)オリジナルちょうちんを作った。
紙製ゆえ耐久性に難あり。
2014年5月31日
運用スタート。記念すべき初日は焼き鳥とおでんを肴に大宴会。BGMは往年のしっとり系ヒット曲。ぐるり囲むは気心知れたあの仲間。知ってる歌を口ずさみ、一つ、また一つ弾む会話。美味い肴に舌鼓。キーンと冷えた生ビール。六腑に沁みる米焼酎。
幸せだなぁ。
2014年5月23日
長手方向の暖簾が来た。椅子も消防団の希望する高さで三つ作った。厨房の物置台も作った。ド演歌だけを集めた屋台用音源の編集も完了。
ひとまずコレで完成。
そろそろ仕事しないと干上がってしまうので、今後はボチボチ進めるの巻。

(長暖簾寄贈:下田有志の会)
2014年5月21日
本染め暖簾が来てないけれどフライングで呑んでみた。肴はおでん。
「美味い!実に美味い!」
厨房に「アレが欲しい!コレが欲しい!」と色々要望が出たので早速対応した。私の所属はすぐやる課。ただし飽きた瞬間やる気ゼロ。
2014年5月19日
一面だけ暖簾が付いた。こちらの面にはアルコールの暖簾がいいと思い、郷土の酒蔵や焼酎蔵に聞いたけど「そういうものはない」と言う。
仕方がないのでオークションで見付けた琉球泡盛のそれを付けた。

熊本の酒蔵で働く皆様、手頃なのれん(巾1200mm程度が希望、写真は500X1080mm)がありましたら、どうぞ譲って下さい。宣伝します。
2014年5月18日
厨房機器が入った。初動の設備は炭用の焼き台、燻製器、屋外用のカセットコンロ。これに大き目のクーラーボックスを置いてひとまず完成の予定。
嫁の視線が猛烈に痛い。早く宴会やっちゃいたい。
2014年5月15日
せっかくなら厨房のコスチュームにもこだわりたい。ホントは着物がいいけれど面倒臭いと嫁が言う。割烹着はオバサンぽくてイヤだそう。
「ならば、これはどう?」
シャレたエプロンを買ってみた。左から白角水割、おいしい牛乳、キリンビール。どうやら気に入ってくれたみたい。
2014年5月11日
配線が終わって赤ちょうちんに火が灯った。これをぼんやり眺めるだけで熱燗の一二本は呑めそう。

(ちょうちん寄贈:下田有志の会)
2014年5月8日
カウンターを設置。ホントは木目が綺麗な一枚板が欲しいけど贅沢言えるはずもなく拾ってきた木材(1X8)をビス止め。使い込めば味も出るでしょう。
2014年5月5日
杉の荒材に防腐剤を塗って貼り付けた。色んなモノが予想の倍ぐらい高かった。馴染みの店員曰く建築資材が高騰しているらしい。
2014年4月27日
嫁がいないうちに骨組だけ作った。部品の半分は中古、半分は新品。
屋根が欲しいけど、そこは予算と搬送の問題から完成後の宿題とした。
隠れて作りたかったが巨大なのですぐにバレた。
2014年4月24日
どうにも止まらず図面を描いた。屋台の名を「おもひで屋台・昭和歌酔」と名付けた。名付けて更に作りたくなった。
一句献上。
「作りたい、ああ作りたい、作りたい」
嫁に予算を求めるも却下された。
2014年4月23日
冷たいのをキュッとやりながら昭和の歌を聴いていたら涙が止まらなくなった。
屋台がいい。ド演歌が流れて、こう大きな赤提灯、嫁には割烹着を着てもらう。
チラシの裏にスケッチしたら作りたくなった。
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プロジェクトTの進捗
プロジェクトTの結晶【あの頃ボックス】の詳細はこちらをクリック!
2011年10月11日
音の設定・転送が完了。宴会可能となる。
施設名は「あの頃ボックス」とする。近所の人は「カラクリさんちのカラオケボックス」と言うがカラオケボックスではない。何度も説明したが「ボックス、ボックス」言われるので結局ボックスになってしまった。「あの頃ボックス」はカラオケ嫌いなボックスなり。
内容の詳細はこちらをクリック。
2011年10月6日
電飾、及びレーザーライトの取り付け完了。ミラーボールを併用する事で泣けるほど昭和。
スモークマシンやバブルマシンも欲しい。が、それは予算の都合で来年設置の予定。
現在進行中の作業はソフト作成。これが最も大変。曲数999曲。曲名と歌手名を入力するだけで丸二日を要す。曲と演出の連動も細かいプログラムが必要でゴールは見えず。


2011年9月23日
新型ジュークボックスの制御盤が完成。今回は魅せる制御盤を意識して電用品を丸出しに。
操作盤は10型の中古タッチパネル(ボックス付)を前勤務先から購入。
エアコン取り付けも本日完了。
これからソフト作成に着手。完成形はどうなる事やら? 作者も分からん。
2011年9月15日
配線、内装、玄関製作と、実父に加勢してもらいながらコツコツ前進中。で、本日ミラーボールが始動。
いい。やっぱいい。これがあるだけで倍は呑めそう。
スピンナーという演出機材も入手。これは荻野目洋子とかのハード系演出に活用予定。
9月中には呑めるかたちにしたい。
2011年9月6日
プレハブを設置する。
写真はトイレ。吊るして下ろして作業完了。
この日は棟上の代わりにちょっとした呑み会を開く。ステキな空間になりますように。
2011年9月5日
実父に助太刀をお願いし庭木の伐採と草刈を行う。
これにて設置場所ができたので、プレハブ屋が基礎となるブロックを設置。
左は昭和的空間の設置場所。右はトイレの設置場所。
危険なほどに進行中。
2011年8月21日
「フレームの溶接が終わった」と連絡を受けたのでチョイと見に行く。嫁、大興奮。
「思ったより広いー!」
その後、文句の嵐。
「家の中には全くカネ使わないのに、こういうのばっかりカネ使って、もー腹たつー!」
進むNSPに嫁もだんだん熱くなる。
2011年8月5日
地元の業者にプレハブ発注。広さは2.4[m]X6.0[m]、玄関と便所も完備。9月中旬にはカタチになりそう。
昭和プロジェクトの実験・公開部屋として利用しつつ、客間としても活用予定。もうどうにも止まらない。
2011年7月25日
二つのプレハブ業者に見積もりをお願いしているが、震災の影響で回答が遅い。品不足で部材の価格が出ないらしい。急ぐ話じゃないのでいいっちゃいいのだが、せっかちな身には辛い。
右は図面。テーブルの配置などを検討中。
2011年7月12日
写真下の紙切れは図面。その名称は「お客様宿泊所、兼呑み場」、コンテナハウスのような細長い空間を庭に設置する予定。現在色々見積もり中。
写真に映っている黒い棒はLED看板。流れる昭和歌謡の曲目と年代をビックに表示する予定。
こういうのホントに楽しい。でも心配。福山家は食っていけるのか。本業頑張らねば。
2011年7月5日
かなり具体的に進んでいたが街の事情で中止となる。が、ここまでやった以上、プロジェクトは進めたい。アソカラ単体で前に進む事を決意。嫁の了承を得る。
2011年6月9日
アソカラにて打ち合わせという名の呑み会を開く。お試し空間で色んな事を話す。8月1日のオープンに向け、日程やお金の調整をする。
大人衆酒強し。活力と酒量は比例の関係にあるかも。お試し空間は7月上旬まで設置の予定。内装上がり次第、現地へ移す。
2011年6月5日
気合を入れてプログラムを作った後、シーケンサーの容量不足が発覚。色々欲張り過ぎていたようでシンプルな方向(手抜きな方向)に軌道修正。
次いで事務所にカンタンなお試し空間を作り、昭和歌謡と簡易演出を連動させてみる。楽しい作業の連続で即座に生活がおかしくなる。演出機材も次から次に欲しくなるので破産する危険大。場所も食うので次の仕事が入れられず、お客さん苦笑い。
このままじゃ大変な事になりそうなので打ち合わせを兼ねた呑み会を計画。メンバーの了承を得て、なるべく早く撤去(現地据付)の予定。
この作業は楽し過ぎて難あり。

右の写真、上はLED演出、下はレーザー演出。中国製の安いマシンを買ったけど、やればやるほどちゃんとしたのが欲しくなる。昭和の友達ミラーボールも欲しい。


2011年5月31日
コイン投入部+操作部が完成。ジョイスティックで歌を選び押しボタンで決定する。
表示部はタッチパネル。現場でも演出設定や出力確認ができるようソフトを作り込む予定。これからが大変。苦手な作業が続く。
2011年5月26日
歌に合わせて商用電源(100V)を入り切りする制御盤がカタチになる。ジュークボックスの頭脳部。コイン投入部と選曲部は別途製作中。
「今度は何作ってんの?」
「別に…」
嫁の視線が痛い。コソコソ作業中。
2011年5月9日
はな阿蘇美の館長さんに「昭和的ジュークボックスをやりたい」と援助のお願いに行く。しかし「色んなシガラミがあってココではやれない」と断られる。
館長さん、何かを思い出し、知り合いの社長さんを呼ぶ。社長さんは乗馬クラブを経営している人で、近々スモーカー喫茶をオープンする予定との事。その場所が近いという事で現場へ急行。場所は内牧温泉街のド真ん中。(右参照)
三人で下見。館長さんと社長さんの判断で即座に決定。オープンの日を8月1日と定める。
「なんさま昭和プロジェクト」(略称NSP)スタート。
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