第165話 安田川遡上(2026年3月)

友人からカバン持ちで四国に来ないかと誘われ間髪入れず「行く」と返した。当初の予定は日帰りで行くつもりだったそう。松山に飛んでレンタカーを借り、車で四国を横断、愛媛と徳島で仕事をし、徳島空港から帰る予定だった。が、ふと思い直した。
「道中退屈か…」
で、僕に打診したらしい。
気が変わってもらっちゃ困る。
「行く!絶対行く!」
僕は猛烈にヒマだった。このチャンスを逃してはならぬ。何なら今出てもいいというノリでその依頼を請けた。

朝5時、暗い自宅を飛び出し高速に乗った。これは仕事だ。旅費も日当もくれるそう。仕事である以上は友人だけど客、福岡のご自宅へお迎えに上がり、それから大分の佐賀関まで運転。佐賀関からは佐多岬へフェリーで渡った。
むろんフェリーは酒が呑みたい。が、仕事だから呑んじゃいけない気もする。客に運転させていいものか?念のため聞いたら呑んでいいよと言われ、気が変わらぬうちに速攻で呑んだ。
「海を見下ろす酒はうまい!」
僕の今日の仕事は福岡経由豊後水道行きの運転で終わった。それ以降は客が運転する運びとなった。
「呑んでしまえば終わり」
何とステキで潔い日本語か。昼飯も僕だけ呑んだ。客が挨拶回りに行ってる間もしれっと缶チューハイを呑んだ。
いちおうカバン持ちだからカバンを持った方がいいかと聞いた。が、そういうのは求めてないそう。僕という人間は箔付けにならず、逆に何だこいつとなったら面倒だから見えない所にいた方が都合がいいらしい。やった。最高峰の自由を得た。
その日は高知の香南まで走り僕が探した安宿に泊まった。宿は友が探せばビジネスホテルになるらしい。僕が普段泊まるようなところに泊まりたいらしく、そういうところを探したら気に入ってくれた。貧乏宿はプライベートは薄いけど情は厚い。

翌朝、今日も客は仕事だ。今度は徳島の海陽町という所へ行くらしい。徳島は遠い。移動時間がもったいない。むろん次のような提案をした。
「付いて行く必要がないんだったら途中の安田川で降ろして」
願いは快く了承され、客は僕の車で仕事へ行き、僕は僕の二本足で安田川を遡上するというプランに決まった。客は仕事が終わったらトンボ返りで高知へ戻り僕を拾って高知空港へゆく。僕は行ける所まで安田川を上る。ステキな一日の始まりだった。
安田川は土佐が舞台の歴史小説によく出る。脱藩の道って印象だ。途中の地名も歴史好きにはたまらない。馬路(ウマジ)に魚梁瀬(ヤナセ)なんか如何にも脱藩、山奥へ逃げる感じがたまらない。更にこれは地図を見て知ったけど魚梁瀬森林鉄道の跡が安田川沿いに残ってる。これは全国の森林鉄道に言えるけど、その跡地は味のある道に育ってるケースが多い。車道にするには細過ぎ、斜面にあって舗装も乗らず、ただひたすら過去の栄光を誇りながら獣道寄りの村道として地元に愛されてる様が何とも言えない。ちょこちょこ現れる隧道も楽しみの一つだ。
安田川河口の土佐鶴酒造で車を降り、客は仕事の人、僕は旅人になった。
途中寄りたい所は一つだけ、古い映画館が川沿いにある。他は調べてないから看板頼りで歩いていると高松千鶴の墓所と書いてあった。この人は坂本龍馬の一番上の姉ちゃんだ。二番目の乙女姉ちゃんが有名で千鶴は知らない人が多いけど辛うじて知ってた。
墓を見に行くかどうか迷った。立派な墓だったらイメージが崩れる。龍馬の身内はこじんまりとしてて欲しい。迷ったけど旅の始まりで体力が有り余ってたから墓地山を登った。で、
「イメージ通り!」
叫んだ。

こじんまりしてた。
確か龍馬はこの夫婦の家がとても居心地いいと手紙に書いてた気がする。個人的な所感だけど立派な墓とか銅像を建てたがる人の家は居心地が悪い。千鶴の墓は実に居心地よさそうでほれぼれした。
安田川はまだ見えない。墓地山を下り、安田駅に達し、見晴らし良さげなホームに立った。

川は見えないけど山は見えた。あの山の隙間を安田川が縫うように走ってる。
刈り入れ後の枯れた田園をノリノリで歩いていると安田城跡なる看板を発見した。城があるならゆかねばならぬ。が、近付くにつれ、その看板が怪しくなってきた。でかいのに何と書いてあるのかサッパリ分からぬ。行かせたいのか迷わせたいのか意味不明だ。

真っ直ぐと書いてあるから真っ直ぐ行ったら行き止まりだった。戻るの嫌だから左へ行ったら集落の袋小路へ突入。宅急便の人がいたから城跡はどこかと聞いたら「そんなのない」と言われ、次に会った地元の人に聞いたら「行けるかどうか分からない」と言われた。
やるじゃないか安田城、観光看板が出てるのに辿り着けないなんてやるー。で、迷いに迷い、やっと着いたその場所は普通の竹林、津波の避難所になってた。

さて…。
行き当たりばったり、地図もスマホも持たない旅は安田城下で1時間以上を費やし、やっと川沿いの道に出た。川に出れば迷う事はない。鼻歌まじりでのんびり歩いていると唯一の目的地、古い映画館が見えてきた。

僕は男はつらいよの大ファンだ。自動的に山田洋次のファンでもあり、そのインタビューとか見て「一度でいいからフィルムの映画をそういう映画館で観てみたい」そう思ってた。で、見れる所ないかと探してたらテレビでこの映画館が紹介されてた。
「大心劇場」
僕のガラケーに去年からメモってある映画館だった。
平日の朝だからやってるかどうか分からない。人がいたとしても中が見れるか分からない。とりあえず寄ったら高齢の男性が喫茶店をされてた。城跡でパンを食ったばかりで腹は減ってなかったけど何かお願いするには何か注文した方がいい。モーニングセットを頼んだ。すぐに店主はピンときたらしい。
「ムリして頼まなくていいよ」
言われたけどムリに頼んだ。そういう人がたくさん来るのだろう。こいつは喫茶店に来たんじゃない、会った途端に見抜かれてしまった。
コーヒーを一気に飲み、なかなか剥けないゆで卵に苦戦しつつ「映画館って見れますか?」聞いたら「やっぱりね」そういう顔をされた。昭和好きの顔をしてたらしい。どっから来たとか色々聞かれたので名刺を渡し、
「映画館が見たいです!見せて下さい!」
真っ直ぐお願いしたら裏へ回るよう言われた。見せてくれるらしい。
で、入った瞬間鳥肌立った。感動の突風が押し寄せてきた。
「このイスなんすかー!」

「ピチピチの合皮!くすむ橙!座り心地はパイプ椅子!隣が近い!狭い!これですこれ!これが求めてた1000%昭和ですよー!」
興奮してきた。店主も僕が興奮してきた事に気付いたらしい。こういうタイプにはこれが効くと言わんばかりに次々昭和を投げてきた。
「効くー!」
全てにビリビリしびれつつ背後上段に小窓を発見した。

「あー!あー!あれあれー!」
言葉にならない。ニューシネマパラダイスでも虹をつかむ男でも出てきた映写室の小窓じゃないか。
「見たい?」
言葉にならず僕はうんうん頷いた。
映写室、当たり前だが普通は入れないそう。そして使ってないから散らかってるそう。映画の上映は定期的にやってるけどプロジェクターを使ってるらしい。
裏の急な階段で上がらせてもらった。

絶景だ。
「満席の客を上から眺め、ここでお酒が呑みたいです!」
山田洋次が言ってた。昔の映画館はそりゃ賑やかで、スクリーンに向かって「危ない!」とか「やれー!」とか、もう映画が聞こえないぐらいの歓声罵声が飛んでたそう。
「あー!お酒呑みたーい!」
小窓の景色もいいけど隣にいるコイツもいい。

「この映写機なにー!重厚感たまらん!鋳物の土台に熱を逃がすフレキの管!試作機みたいな造形!リールもでかい!一々でかい!カッコ良過ぎですよー!」
実写版マジンガーZに出会ってしまった少年の気分、ドキドキとワクワクが止まらない。これだけで焼酎5杯は呑めると思った。
店主は色々説明してくれた。フィルムの繋ぎ方、小道具の説明、この映画館に来た有名人の話、その一々にギャーとかワーとか言ってたらパンフレットとか過去のチケットとか色々お土産にくれた。

「いいんですか!」
ありがたく頂き帰ろうとしたら「奥にポスターとか色々あるからちょっと待て」と言われた。が、今から安田川を歩かねばならない。大きいのは持って行けないと話し、後で友人が迎えに来るから、その帰りなら持って帰れるとも話した。
齢はだいぶ違うけど昭和好きという共通点で店主とお友達になれた。電話番号を交換した。
「どこまで歩く?」
「どこまで行けるか分かりませんが行けたら馬路まで」
「馬路!20kmあるぞ!」
店主も昔は歩いたらしい。遠い目をして若者はいいなと言われたけど僕はもう48歳、なかなかの中年だった。

映画館を出た。これから先は魚梁瀬森林鉄道の線路跡をゆく。
知らなかったけど安田から馬路は柚子の道らしい。とにかく柚子が有名で、山と川以外はだいたい柚子畑だった。

想像通り森林鉄道の跡地は道がいい。歩く道として最高。ほとんど車は通らないし飽きない程度に隧道が現れる。

ちなみに隧道を主とする鉄道遺産は国の重要文化財だそう。行政の箔付けは嫌いだけど、まぁ、そうしないと現代に残らないから仕方ないと言えば仕方ない。現に隧道にワーと叫んで響くのを楽しめてる。これも文化財指定のおかげだ。
上るほど道の雰囲気がよくなってきた。

隧道の追番がローマ数字でいかしてた。これが特徴らしい。

看板がなきゃそんなの見もしなかった。それも悲しいかな文化財指定のおかげだ。
文明はすぐ壊したがる。抑止力は文化財指定か強い郷愁・地元愛、もしくは旅人の心しかないけど旅人は行政の烙印が芯から嫌いだ。観光という普遍性でのっぺらぼうにしてほしくない、行政は世界基準の普遍性とそこに集まるカネが欲しい。合わないけど残したいという気持ちだけは一緒だ。

歩き終わった数ヶ月後に地図を見て安田から馬路までの道のりを追ってる。安田の城下でうろうろしたから何やかんやで23kmぐらい歩いた。で、半分ぐらいはいい道だった。「歩いた方がいい歩くべきだ」是非、旅人にすすめたい。が、途中、県道に長いトンネルがある。隧道とトンネルは違う。トンネルは昭和後期以降の巨大土木で山を貫いたもの、隧道はそれ以前のミニ土木で丘をほじったものだ。
森林鉄道は明治28年から昭和17年の産物で山を貫けず丘をほじりながら川に沿って蛇行してる。古道をゆく旅人はむろんトンネルに入らず川に沿って歩き、トンネルの出口で県道に出た。そして途方に暮れた。それから先は県道しかなかった。その道はトラックと工事の嵐で、ただひたすら修行。危険な普通の道だった。
工事の兄ちゃんに「どこ行きゆう?」何度も高知弁で行先を聞かれ「馬路」と返すと「馬路!」復唱された。それだけ歩く人が稀、歩くべき道ではないのだろう。
客からの電話が鳴ったのはちょうど馬路村に入った頃だった。馬路の入口にも隧道があって、昔はこの隧道を出た瞬間「やっと村に帰ってきた」村民誰もが叫んじゃう村の泣きどころだそう。

客は僕の始発・安田川の河口から電話してた。これから僕の5時間を30分で駆け上がってくる。
最後にインクラインという水の重さを利用して動く森林鉄道の乗り物に乗ろうとした。が、開いてたけど受付の人がおらず、うろうろしてたら僕の車が来た。
客と合流した。客は馬路村が柚子の村だと知ってた。近くのAコープで柚子製品の土産を山ほど買って「さあ急ごう」と言った。飛行機の時間があるらしい。客は忙しいけど僕はヒマだ。「もう1泊せん?」客に言った。映画館に戻り、あの場所で店主と酒が呑みたかった。後で寄るかもしれないと店主に言ったし、途中電話があって旅の無事を問われたりもした。が、残念ながら旅人モードは終わってしまった。客を空港へ送り届けるのは僕の大事な仕事、客は急いでた。
映画館に電話を入れ寄れない旨を伝えたら「えー!」と言われた。心が痛かった。土産のポスターを用意してくれてたかもしれない。
客は明日早朝から福岡で仕事をせねばならぬそう。飛行機は待ってくれない。高知空港まで真っ直ぐ走り空港で客を降ろした。
その後しばし迷った。映画館へ引き返すか今日の宿へゆくか。
カーナビを見た。これはたまたまだったけど今日の宿が土佐国府に近かった。最近、古い時代の国府や国分寺巡りにハマってる。
「よし!宿から国府まで歩こう!」
真っ暗になるまで歩き、知らない酒場のカウンターへ飛び込んだ。隣は再婚同士の中年夫婦だった。仲良くなった。「仕事ですか?」と聞かれた。仕事ですとは言えなかった。