第53話 爆弾の血(2009年7月) 8KB ☆

家族

恐ろしい事が起こっている。娘たちが道子化しつつある。
つい先日、ウチに営業マンが来た。福岡から来た営業マンだったが、母校が長陽村らしく、大いに話が弾んだ。そこへ保育園帰りの次女が現れた。
「ただいまー!」
いつものように事務所へ走ってきた次女であったが、知らぬ人がいたので立ち止まった。
「このひと、だれ?」
「仕事中だけん、はよ家に戻らんか!」
うちの娘は食い付いたら離れない。追い払うと今度は窓越しに現れた。
「むふふ、おっちゃん、だれ?」
営業マンは見るからに若い。二十代半ばであろうか、若いから次女も食い付きやすいらしく、ニヤニヤ笑って変な質問を繰り返した。が、何か思うところあったらしく、
「おっちゃんバイバイ」
そう言って家へ戻った。
後に、引き際の良さを褒めると「ウンコしたくなったけん帰った」という事で、好奇心が生理現象に負けてしまったらしい。そういう波でも来なければ子供というものは去ってくれない。
次女去って、ようやく仕事の話になった。が、今度は長女が現れた。「若い男がいる」という情報を次女から得たらしい。
長女は小学二年になる。最近は憎らしいほどませてきて、好きなアイドルをテレビで追い、「キャーキャー」言うのが日課になっている。必ず見る番組は必殺仕事人とヘキサゴンと野球中継で、仕事人は東山(ジャニーズ)、ヘキサゴンは上地(羞恥心)、野球は川崎(ソフトバンク)が目当てらしい。
ちなみにソフトバンク戦は熊本で放送しない。そのためパソコンで見るのだが、長女は川崎見たい一心でパソコンの操作方法を覚え、今となっては一人で見れるようになってしまった。更に上地の新曲が聞きたいという事で、YouTube(動画閲覧サイト)の扱いまで覚える始末で、娘を見ながら「好き」というものの効能に恐れ入ってしまった。
その長女が現れた。
「こんにちわぁ、いい天気ですね」
明らかに営業マンをオッサンと見ていない。「若いお兄さん」と見ていて、気に入られようとクネクネしながらの登場であった。
「仕事中だけん来んな!」
去るわけないと思いながらも叱ってみると、長女、気にせず上がり込んだ。
「お兄さん、どっから来たんですか? 一緒に遊びましょうよぉ」
甘い。実に甘い。これは女というものの根っ子が発する甘さであろうか。
「お前は夜鷹か!」
「よたかって何?」
「遊女か、売春婦かって言いよるとた!」
「なんそれ、意味わからん」
長女は父の言などお構いなしに営業マンを外へ誘った。
「一緒に野球しましょうよぉ」
営業マンは本気で困った。
「お兄さんは何の食べ物が好きと?」
「カ、カレーかな」
「わたしもカレー好き、ウフフ」
営業マンは若い。若いから真面目に返す。話が終わらない。長女は調子にのってきた。営業マンをベタベタ触りながら、今度はナゾナゾみたいな、よく分からん問題を発し始めた。面白かったので叱らず眺めていたが、営業マンが困り果てつつある。キリがないので強めに叱ったところ、
「ごめんなさい、黙ってます」
長女、シュンとした。
長女を脇に置き、商談を続けた。
長女は黙っていた。が、それはほんの数秒であった。営業マンの発する言葉を復唱し始めた。復唱しながら、
「むふふ」
変な笑顔を場に投げ始めた。
言い忘れたが長女の前歯は抜けている。見事に抜け落ちていて、笑うと気持ちが悪い。親が気持ち悪いのだから、営業マンは逃げ出したくなったに違いない。
叱っても叱っても長女の暴走は止まらなかった。
「上地すき? わたしすき」
「必殺仕事人見てる? わたし見てる」
「川崎の合言葉を知ってる? わたし知ってる、チェストって言うとばい」
父親である私はお手上げであった。嫁に連れ出してもらおうと席を立ち、窓を開けた。そこに隙が生じた。長女は「ここだ!」と思ったに違いない。強烈な爆弾を投げた。
「知ってる? おっとーはね、おっかーのお尻が好きとばい、ペロペロなめるばい」
(この馬鹿娘! 何て事を言いやがる!)
そう思ったが、これは面白い質問である。営業マンはどういう反応を示すのか。
営業マン、虚ろな目で私を見た。そして、
「す、凄いねぇ」
そう返した。これは笑った。笑ったが、親として叱らねばならない。
「人前で要らん事ば言うな!」
「でもね、おっとーはオッパイも触るばい」
会話にならない。娘は完全に暴走している。
(つまみ出す以外にない!)
そう思った時、似た光景を思い出した。
嫁と付き合ったばかりの頃、ある先輩の家に呼ばれた。凄くお世話になった先輩で、結婚式の司会を頼んだほど頼りにした先輩であった。先輩は奥さんの手料理でもてなしてくれた。凄く良い雰囲気の夕食会であった。が、この雰囲気をぶっ壊した奴がいた。嫁・道子であった。
「そういえばKさんって、結婚してたのに指輪してませんでしたよね、コンパも来ましたよね」
奥さんの前で言うセリフではない。私も爆弾の気があるが、嫁の核弾頭には到底適わず、付き合ったばかり・アツアツの時期ではあるが、「この女をつまみ出したい」と芯から思った。むろん場は険悪になった。
十年以上前の話になるが、その風景を思い出し、娘に爆弾の血を感じてしまった。感じたのがいけなかった。つまみ出すのが少し遅れた。この遅れた瞬間に娘は幾つも爆弾を投げた。
「オットー、柳川でウンコもらしたことあるばい」
「オッカーもオットーも怒るとバチバチ打って子供ば外に出すとばい」
「オットー、水虫ばい」
まず一つ目を弁解する。柳川でウイルス性大腸炎になった。この日、病院で点滴を打つほど重症化したが、この際、汗みたいなものでパンツが濡れた。それを長女が見た。
「もらしたって言うなー! 汗が出たようなもんじゃにゃー!」
次、二つ目。娘は虐待されているような言い方をしたが虐待ではない。アザができるような打ち方はした覚えがなく、極めて健やかな教育の範疇で体罰を与えている。私も嫁も普通に打たれ、倉庫に入れられ育っている。日本の教育の九割九分が適度な体罰を与えているのではないか。
「バチバチって言うなー! パチッ程度だろがー!」
最後、三つ目。水虫かどうか分からぬが、確かに足の痒い時期はあった。それを嫁が水虫と決め付け、
「水虫よ! いや、寄らないで! キャー!」
叫ぶから、娘たちも面白がって父親から逃げた。
「待てい! 水虫大魔王からは逃げられんぞ!」
私も面白がって家族を追った時期があったが、今となっては痒みもブツブツも消え果てた。水虫かどうか分かっておらず、今となってはツルンとしている。実に美しい。
が、営業マンは長女の爆弾発言によって足元を気にし始めた。
(このスリッパ、大丈夫だろうか?)
営業マンは若い。心配が100%表に出ていて、足元を猛烈に猛烈に、そう、商談にならぬほど気にしている。
「おっとーは水虫じゃない! ほらっ見ろ! おっとーの足はこんなに綺麗だ!」
私は長女に弁解した。むろん長女に叫びながら営業マンに叫んでいる。
(違うんだから! ホントに違うんだから!)
営業マンは足早に帰った。その後、長女が殴られたのは言うまでもない。
ちなみに爆弾の血は三女にも続いているらしい。
三女が庭で遊んでいると運送屋が来た。三女、運送屋を呼び止め、何かゴニョゴニョ言っている。何を言っているのかと思ったら、
「おっとーね、おっかーとエッチするばい」
「そぎゃんね! わっかねぇ!」
「ほんとばい」
叫ぶ爆弾に囲まれて、父は小さくなってゆく。
この血、どこへゆくのか。十年後が恐ろしい。