第73話 大増殖、そしてショッカー(2012年4月)

くまモンというキャラクターがいる。熊本県の広報担当キャラクターで、県下では知らぬ人がいない。
右も左もくまモン。博多に行っても鹿児島に行ってもくまモン。衣食住、色んなところにくまモンがいて、その包囲網は徐々に狭まりつつある。
人は単一のモノに囲まれると防衛本能が働くらしい。現在の状況はくまモンがショッカーに見える段階で実に恐ろしい。努めて違う色が欲しくなる。
(息苦しい!)
思っているのは私だけかと思ったら色んな人が同じ事を叫んでいた。三ヶ国語を喋るKという女性などは見るだけで怒りを覚え、次いで正拳突きが飛び出すらしい。
むろん、くまモンに罪はない。くまモンはステキなキャラクターで行政の貴重な成功事例となるだろう。
では、何が悪いのか。それは無限増殖しようという基本姿勢、そして増殖の角度にあると思われる。一気に増える。更に増えたい。増やしたい。そういうものを人間は排除する仕組になっている。
モノはモノ自体の品質のみで成っているわけではない。それに情報が加味され、接客が入り、物流が運ぶ。色々入って一つのモノが成り立つわけだが、現代社会の仕組として「メディア最強」は言うまでもなく、一過性ではあるが情報がモノや社会を引っ張っている。
くまモンはメディアと公金に引っ張られ短期に凄まじい増殖を果たした。当初くまモンの目的は「熊本の広報」であったが次第に何が何だか分からなくなった。ファンやメディアはくまモンを追っかけるようになり、その背後にちょこちょこ映る熊本県はグリコのオマケにもならなくなった。「くまモンが来る」とチラシに書いてあれば子供が行きたがる。行く。くまモンと遊ぶ。くまモンが帰る。一緒に帰る。
くまモンがもたらしたものは何か。それはくまモンであった。
くまモンは売れっ子のタレントになってしまった。売れっ子が一発屋で終わらないためには中身の充実と変化が重要である。それは芸能界が証明している。わっと食い付いたものを人間はわっと捨てる。飽きは人間の本能で、飽きという液体が密度を増せば粘性化し息苦しくなる。固体化すれば冒頭Kの如く怒りに変わる。
万物は流れなければならない。止まっていては淀んでしまう。先走った事を悔いたとしても待つ事は許されない。中身の充実を待ってるうちに人は離れる。走りつつ中身を磨く必要がある。
くまモンの中身は何か。それは熊本県である。本来なら中身は慌てる必要があった。が、喜んでしまった。モノはパッケージを売って終わりではない。くまモンという鳴物入りのパッケージを人は期待をもって開けるだろう。中身に何が入っているのか。包装紙が立派であればあるほど中身はプレッシャーを感じる。それが中身である。
仕事柄モノづくりの現場へよく行く。現場あるあるの一番手は営業と製造の確執である。
「仕事取ってきたのに文句言うな!」
「できない事を言って仕事を取るな!」
製販は車の両輪で、回転を合わせねば進路が変わってしまう。くまモンと熊本県も同様で、その進路がいつの間にかくまモンになってしまった。今のところ確執は聞かない。聞かぬが我々熊本県民が熊本県の一粒である事は間違いなく、その一粒二粒数百粒がくまモンをくまモンでなくショッカーに感じ始めている。これは人間の本能に因るところもあるが、一つに製販ギャップによるプレッシャーではあるまいか。
「仕事を取ってきてやる!働け!働くのだ!」
「勘弁してくだせー!お代官様ー!」
タレントは一発屋でも良いが県は一発屋じゃ困る。公金でタレントを産み、育て、パッケージを盛り上げる以上、それに見合った中身も育てなければ普通の会社は破産する。
そもそも、なぜキャラクターなのか。
それは行政というものの習慣で一つの成功事例を「視察」と言って物見遊山にゆく。事例がなければ何もしないのが行政で、その点軍隊のような規律さえ感じる。
キャラクター成功事例のパイオニアは滋賀県だと思われるが彦根の友人に現在の状況を聞くと「引くニャン!」という答えが返ってきた。笑えるが色んな意味で笑えない。行政にはこういうところ(ブームが去った後の余波)を自費で視察してもらいたい。
兎角、日本全国キャラクター祭である。くまモンは昨年のキャラクター日本一らしい。県内でも変なキャラクターが続々出ていてくまモンの引き立て役になっているが100%行政の遊びである。遊びと言えばアソカラ。遊びに乗っかりたく「あそモンロボ」を作ってイベント会場に乗り込もうと思ったがカネなく嫁に却下された。
このブームはしばし続くと思われる。
一発屋のタレントは個人ゆえすぐに消えるがキャラクターのバックボーンは巨大な枠・人員・借金である。消えたい時に消えられない。ブームは一過性と分かっているのに、なぜ巨大なモノをブームに乗せたのか。イルカに乗った少年はキラリと消えたが、くまモンに乗った熊本県民は重過ぎて動きが鈍い。去り際を得たとしても数年のたうち回るだろう。
「どう思う?福山さん?」
怒ったKにくまモンの大増殖を問われた。
「我慢しろ!いずれ慣れる!」
そう応えた。が、これを書きながら考えるに、
「ショッカーと酒でも呑もう!」
笑い飛ばすが適当に思えた。嫌っていては生きてられない。それぐらい増殖してしまった。
「引くニャン!」
彦根発・先輩の言葉は実に深い。ジョークを交えて打っちゃらねば押し出されてしまう。
将来、後輩に聞かれたら何と返そう。
「苦魔モン!」
笑えない。くまモンの圧勝であった。
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