第81話 メディアと熱と開放日(2012年12月)

年四回「開放日」を設けている。去年までは「ロボットお披露目会」と呼んでいたが、おみくじロボを壊した事で「ロボット」の文言を外し、ついでに「お披露目」という派手な文言も改めた。
始まりは四年前。作ったモノを人に見せたいという至極簡単な理由から「谷人たちの美術館」という地域のイベントに参加した。それで近所の子供たちが来るようになった。子供たちが喜ぶので更に色々作ってみた。子供に混じってメディアも来てくれるようになった。それと一緒に知らぬ大人も来るようになった。これには困った。本気で困った。突然現れ仕事を邪魔し、何を言っても帰らない。
「ロボ見せてー」
「仕事中です!」
「だから何?」
「アポなし訪問はお断りしてます!」
「じゃあ今アポ取るよー!」
「年四回の開放日にお越し下さい!以上!」
定期的にやる予定はなかったがそう言わねば帰ってもらえず、結局それが定着してしまった。
民主主義のジャンヌダルクは間違いなくメディアである。メディアの民衆を動かす力は凄い。特に全国ネットは想像を絶するパワーで、お呼びでない集団が呼ばれたと勘違いして乗り込んでくる。
こんな事があった。ある放送の翌日、田舎の細道に大型バスが横付けされた。バスは団塊の世代を山ほど吐き出し、私の小さな作業場は突如団塊ショッカーに囲まれてしまった。「お断り」の「お」を言う間もなく、団塊ショッカーは作業場へ入り、機械や工具を勝手に触り、勝手に写真を撮りまくり、嵐の如く去って行った。それだけではない。作業場でツバ吐くチンピラも来た。断られた事をネットで罵る婦女子も出た。
不特定多数への一斉告知は色んな場面でこういう現実を生む。が、それは一握り、僅か一握り個人の罪で、メディアの罪ではない。作用あれば必ず反作用がある。メディアに出る事を承認した以上、私はそういうのを覚悟し防衛する必要がある。
良かった事も書きたい。こういう作用があった。十歳の少年が足の不自由な祖母にインターホンを作りたいらしい。どうしても自作したいらしく自分で組み上げ配線した。が、どうしても鳴らない。彼はテレビで私を見、電話をかけ、遠い阿蘇に図面を持ってやって来た。丁寧に修正ポイントを教えてやると少年はキラキラした目で何度も喜び礼を言った。こういう時代にこういう少年がいるだけでも泣けてきて晩の酒が本気で美味かった。メディアがなければ彼との出会いはなかった。
年の瀬を迎え、阿蘇カラクリ研究所の事を考えたりしている。
阿蘇カラクリ研究所、つまり私の輪であるが、これまでもこれからも私一人であろう。隣に嫁がいるけれど、嫁はその輪に入ることを嫌がり、あくまでも福山家の嫁としてアソカラを遠目に眺めたいと言っている。
アソカラも六年目に入った。万物が続く秘訣は儲かる儲からんより熱量があるかないか、その事に拠ると勝手に思っていて、半ば確信している。凄く潤っている金持ちも虚無感に苛まれ熱量消えると自ら人生を終える。尊敬すべき技術者も特許を得、権利と組織を守るために動き出すと熱を得ない。結果、会社を閉じたり盗られたり、実につまらん人生となる。
先人を見て学ぶ事、それは熱であり、
「熱はあるか?」
それだけを問うておけば何となく続く気がし、定期点検を怠らないようにしている。
念のために言っておくと阿蘇カラクリ研究所はモノづくり屋である。工場用の自動機をメインで作っているが作るものが次から次へと海外へ飛んでいる。知り合いの技術屋も次から次へと海外へ飛び、ついに私もパスポート取得を求められた。こういう流れがモノづくりの未来にどうなのか、よく分からぬが、少なくとも人間がジャンジャン飛ぶモノづくりは文化的産物を育てない。
経済に興味を持てぬが人の行く末に興味がある。多数派の文明は広い市場を欲す。少数派の文化は強く求める人を欲す。カネは文明を喜び、心は文化に入り浸る。どちらも必要で、この均衡崩れる時が人の世の破滅であろう。
私は個人。これからも個人。文明力の勝負になったら必ず組織に負ける。文化に寄らねば持続可能な絵が描けず、幸い文化的作業の方に熱がある。が、残念ながら文化的作業にも資本がいる。今現在、文明収入があるうちは吸ったものを文化に回し、均衡是正に寄与する事が出来る。が、長続きはしないだろう。文明収入はいずれゼロになる。恐れているが「いずれ来る」と覚悟している。その時、阿蘇カラクリ研究所が生きてられるかどうか、それは文明世界で生きる人、生きた人が安心して笑えるモノを提供できるかどうか、その点にかかっていて、年四回の開放日はそれを確認する貴重な手段となっている。
機能性、普遍性の文明社会は必ず未来に怯える。見える未来はこれからをゆく子供たち、そして、これまでを終えようとしている老人に宿る。二つがキラキラ輝く事で維持生産を担う世代が安心して生きられる。
阿蘇カラクリ研究所は今に笑われ未来に必要とされたい。だから「子に胸を張れる仕事をしよう!」それを社是に掲げている。
メディアの反作用は痛い。痛いけれども出会いは欲しい。出会いは未来と可能性。だから嫁が断らない限り基本取材は受けている。
年四回の開放日は正直面倒。家族も嫌がる。が、これが熱源。これがあるからヘンなモノを作り、作ったから見せたくなる。開放を止めた瞬間アソカラも消えてなくなるだろう。
手元にお客様からの手紙がある。開放日の感想が短い言葉で綴られている。
「孫と私が楽しめるモノをありがとう!次回も期待してます!」
生むも消えるも熱次第。大いなる熱のうねりに身を委ね今日も気ままにゆく。ゆくしかない。
たまにマジメでごめんなさい。
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