第131話 おじさんのまねごと(2017年8月) 何度も書いているが寅さん(男はつらいよ)に焦がれている。寅さんには甥っ子がいて、おじさんのまねごとをしたりしなかったりする。 「僕もまねごとしたい」 常々そう叫んでいたら夏休みに甥と姪が来た。 二人は埼玉生まれの埼玉育ち、比較的都会っ子だから田舎暮らしを経験してみたいらしく、話を聞いて盛り上がった。が、二週間という長丁場だそうで、それを聞いてテンションダウン。 「長過ぎないか?」 「大丈夫!」 身重の嫁は大丈夫と言ったけれど、やはり後半大丈夫じゃなかった。ぐったり疲れ、愚痴しか言わなくなった。遊ぶのは私や祖父の仕事になった。 甥っ子はS太郎という。虫が苦手でハエや蚊を見ただけでギャーギャー騒ぎ、少年の憧れカブト虫を見せても興味を示さず、ヤマメ、ヤモリ、カエル、類を問わず総じて触る事ができなかった。更に野菜嫌いで嫁が作った料理を残し、これは都会病と言えるけれど、常にエアコンの中にいるから人一倍暑がった。 「鍛え甲斐あり過ぎだ!」 おじさんは身内だからアメとムチを使って色々克服させようと試みた。が、基本的に嫌いなものは嫌い、好きなものは好きを貫くタイプのようで、終始乗り物とロボットだけを求め、他は拒否し続けた。 甥っ子は稀に見る甘えん坊だった。親族の中で最も若い十歳だから常に甘える相手がいた。虫を避け、人の尻ばかり追い、常に何かをやってもらおうとした。まずは自分でさせなきゃいけないと思った。 「S太郎は何が一番好きだ?一番好きな事を自分の力でやるぞ!」 二日目だったか、それを聞いたらスターウォーズが好きだと言った。本も持って来たらしく、それを出し、 「今回の目的はこれ!R2-D2を福ちゃん(私の事)に作ってもらうんだ!」 キラキラした目でそう言った。 私はSF嫌いだからスターウォーズに興味はないが、そのロボットぐらいは知ってる。 「ピポッて言いながら金色の後ろを付いてくやつだろ」 甥っ子は私の知識を確認すると俄然やる気になってR2-D2の事を説明し始めた。 「これを作って欲しいの!オモチャじゃダメ!本物そっくりのちゃんとしたやつ!福ちゃん出来るでしょ!音も鳴った方がいいからスピーカーも付けて!タイヤも付けて!リモコンで動いて僕が呼ぶと付いてくるのがいい!走る時は斜めになるんだよ!」 私はおじさんのまねごとがしたい。アメを与えるならココしかないと思った。ココをちゃんとすればムチが効いて虫が好きになったり野菜が食えたりするかもしれない。 「作ってあげたいけど、お前も手伝うか?」 「ぼく作れない!作ってよ!福ちゃんできるでしょ!」 「カネはどうする?」 「福ちゃん全部出して!ぼく持ってない!」 「時間が足りないかも」 「じゃ出来るとこまで作って!」 私は黙り込んだ。アメとムチを使い分けてるのは甥っ子じゃないか。ていうか、何とワガママな甥っ子だろう。これが大人だったらブン殴る。おじさんのまねごとがしたい私の心を知って弄んでるんじゃなかろうか。 モゴモゴしてる私に甥はこう言い捨てた。 「そういう事で後はよろしくね」 久しぶりにギャフンと鳴いた。 その日、甥のS太郎が寝静まった後、夜なべして図面を描いた。 甥は精密な造形を求めていたが私は造形屋じゃない。それに数百万円出せば精巧なモノが市販品であるらしい。カネで買えるモノを作ってもしょうがない。うちは世界で一つを作る研究所、世の中にないモノを作りたい。ネットで調べるに乗用遊具のそれはなかった。よってブンブン振りながら乗れる遊具で絵を描いた。 図面を描いたら見積もりが出た。実費で5万円ぐらいかかるだろう。手元に自由なカネはなかった。とりあえず義姉の子供の頼みなので嫁に承認を求めた。 身重の嫁は黙って図面を見た。「ふーん喜びそう、いいんじゃない」って感じで肯定的だったけれど予算を聞いて鬼の形相になった。 「いらん!絶対いらん!」 即断を下した。 とりあえず、この場は引き下がった。でも描いたモノは作りたい。ショボーンてなって密かにドラム缶を探し始めた。 普通のドラム缶(クローズ)は切断してフタを開けるため遊具としては危なくて使えない。開閉式のオープンドラムがいいけれど、まず見付からないだろう。見付からなきゃ話は終わり、そう思って知り合いに打診した。すると薬品屋に勤める同級生が鉄屑屋から購入し、原価割れで持ってきた。 「子供の遊具に使うんだろ?それを聞いちゃまともにカネは取れないぜ」 ガーン。男気を受けてしまった。受けてしまったら男は前に進むしかない。作りませんでしたとは口が裂けても言えない。嫁に見付からないように密かにタイヤとフレームも発注した。が、その中の一つ、鉄パイプの納期が甥っ子の滞在に間に合わなかった。知り合いの鉄骨屋に相談すると盆なのに闇のルートで引っ張ってきてくれた。カネは言い値で払うと約束した。が、この人も恩を売ってカネはいらんと言った。 「甥っ子へのプレゼントと聞いちゃ取れねぇな」 嬉しくて泣いた。悲しくて泣いた。絶対退けない状況に陥った。 甥っ子はそれからR2-D2の事を言わなくなった。毎日乗り物に夢中で私や私の実父(甥っ子にとってはほぼ他人)を酷使して、バイク、軽トラ、手作り乗用遊具に乗り続けた。 ホントに乗り物が好きらしい。 「ねぇねぇ福ちゃん今日も乗れる?乗れるでしょ?」 二週間もいると毎日朝昼晩「乗れる?」って聞かれるのが怖くなり、次いで逃げ惑うようになった。 ついに部品のドラム缶も乗り物になった。 「ギエー!ぬおー!死ぬー!」 中で転がる異空間がめちゃくちゃ楽しいらしく、これ単品でもすこぶる盛り上がった。 ところでR2-D2の顔だがドラム缶の径が凡そ60cmあった。60cmの半球というのが世の中にありそうでなく、作るとなったら実に面倒だった。ちょうど実父が竹細工にハマっていたので竹で製作を依頼した。が、日数が足りないらしい。竹ひごを用意するのに時間がかかるらしく伝統工芸は即席に弱かった。 仕方がない。顔の完成は諦めた。そもそも遊具として乗れるところにもっていけるのか、それすら危うかった。盆休みだから材料の到着が遅く、全部揃って加工に着手できたのは甥が帰る三日前だった。三日で削って色塗って組み上げる必要があった。 仕事後回しでこればかりやった。が、甥っ子が帰る前日「もう間に合わない」という諦めの境地に入った。加工ミスで組めなかった。修正するにも時間がなかった。ガチャガチャやってたら甥っ子が来た。 「福ちゃんコレR2-D2でしょ!うそ!すごい!」 やっと気付いた。甥っ子には早く気付いて欲しかった。気付いて欲しくない嫁は真っ先に気付いて文句を言いにきた。が、文句を言っても後の祭り、この気分を十数年繰り返し諦めが早かった。 「やった以上は最後までやれよ」 結局そういう感じになった。 甥っ子は小躍りして喜んだ。望んだ精巧な造形はないけれど、R2-D2っぽいのに乗れるかもしれないという、まさかの期待が造形を凌駕した。 時間がなかった。翌朝S太郎は飛行機で帰る。これで遊ばせたいけど間に合わないと説明した。S太郎はしつこかった。どうしても乗りたいから間に合わせて欲しいと何度も言った。 「じゃ手伝え」 「うん」 やりたい事ばかりを言って全く動かなかった甥が初めて動いた。手を油で真っ黒にし、狭いところのナットを回した。ちょっと引っ掻いて血が出た。 「ギャ!血が出た!手を洗って絆創膏貼ってくるね!」 「甘い!モノづくりは甘くない!終わるまで場を離れるな!手を汚せ!」 「はい!」 私はおじさんのまねごと、いや、息子と遊ぶ父親のまねごとをしている。何だか胸が熱くなった。思えば三人娘だから本気でロボットが欲しいなんて言われた事なかった。 夕暮れ時、無言でカチャカチャ男の夢が静かに続いた。 「よーし!夜なべして乗れる状態に仕上げよう!」 そういう気分になった。甥っ子にもそう言った。甥っ子は「うん」と言った。そして何やらモジモジし、逃げるように場を去った。 「どうした?ションベンか?」 「ごめん、ドラえもん見なくちゃ」 夢が終わった。 作業は遅くまで続いた。疲れた。喉も渇いた。ビールを呑みに家に戻ると風呂上がりの甥っ子が進捗を問うてきた。 「終わらん、S太郎も手伝え」 「ぼくはムリ」 「じゃあ終わらん乗れんぞ」 「福ちゃん頑張って、続きは明日の朝やったらいいじゃん」 すごいと思った。よく分からぬが、この甥っ子の甘えっぷりは筋金入りだと感心し、翌朝四時に起きた。 やればやるほどダメなところが色々出てきた。が、目をつむろう、目をつむってとりあえず乗れるようにしよう、言い聞かせて前に進んだ。 甥っ子の出発一時間前に乗れる状態になった。組んでる途中に「早く乗りたい」と言うので組みながら乗せた。 甥っ子とはいえ他人の子なので念のためヘルメットをさせた。これがいい感じになって「ロボットに乗る感じがする」と言った。意外なところで発見を得た。 甥っ子は未完成の壊れるかもしれない乗用遊具をブンブン振って耐久試験をしてくれた。ヘルメットも吹っ飛ぶほどブンブン振ってくれた。 「これ楽しい!もっとじゃんじゃん動かして!」 寝不足のおじさんは甥っ子のエンジンになって狭い庭を行ったり来たりした。 「右ー!左ー!クルクルー!」 言われるままに私は動き、嫁は姉へ送る写真を撮り続けた。甥っ子の二週間がここに極まり、私も嫁もここで燃え尽きた。 さて別れの時、ご依頼の乗用遊具は未完成ながら楽しんで頂けたようで「残件は埼玉に送るから仕上げて楽しめ」という運びになった。特に頭の部分は「自分で考えろ」と甥に言い続けた事もあって色んな構想があるらしい。 「モノづくりは自分で考える事から始まる、完成写真を楽しみにしてるぞ」 男の握手で別れようと思ったが何やらモゴモゴした。聞けば埼玉の親に送っていいか電話で聞いたら絶対ダメと叱られたそう。「乗用遊具の写真を送って判断すれば?」と言うてみるも、ドラム缶を使ったロボット、そのドラム缶の時点で埼玉の住宅事情が許さないと判断されたらしい。 甥っ子は苦しい立場に陥った。 「持って帰りたいけど、そういう事で福ちゃんちに置いて帰る、埼玉に送らないでね、ぼく冬休みも絶対来るから」 申し訳ないが私も嫁も「冬は早い、せめて来年の夏」と言ってしまった。 この話はまだ終わらない。 そういう流れで甥っ子なき後、巨大で値の張るゴミが残された。その事をツイッターに書いたら欲しいと手を挙げる人が続出した。買ってくれるのかと思ったら「タダなら貰う」の挙手だった。 だんだん悔しくなってきた。カネと時間をたっぷりかけ全力でゴミを作ってしまった。せめてゴミって言わせたくない。嫁もやる以上は最後までやれって雰囲気を出してるので、最後までやろうと決めた。 「ロボの頭を作ろう!」 更にカネをかけ、薄いアルミ板を曲げ、骨格を作った。原形への忠実さとか造形の精巧さは求めない。うまく言えぬが新しい感じが欲しいと思った。 樹脂板を熱して骨格に圧し付け、世紀末の爆風で溶けた感じにならないか。なるかならんか分からぬが、とりあえずやってみた。全体をグチャッとしたかったけれど炉がないので全体が熱せず部分部分でグニャって曲がった。事故った後のガードレールみたいになった。 「なるほど楽しい」 夢中になった。時間を忘れて色々やった。その証拠に製作途中の写真を全く撮ってなかった。書くために作るのではなく作った後これを書こうと思い立ったところに作る途中の本気があった。この時間はホント楽しい。が、私はそれで飯を食わねばならぬ。毎度そうだが楽しいの終わりかけにようやく気付く。 「悲しい」 甥っ子は帰った。が、おじさんの余熱は帰らなかった。この本気がなぜ仕事に向かんのだろう。これじゃいかんと思って絵描きの長さんに背中を押す絵を描いてもらった。 これは効く。絶対効くと思ったけれど、働く方向に効かず散財方向にやる気がみなぎった。 乗用遊具を仕上げなきゃそれが気になって働けない事が分かった。何はともあれ急いで仕上げに入った。 樹脂板をネジで骨格に固定し、グニャグニャ曲げて銀色のスプレーで塗装した。 モノづくりにおいて予想外というのはたまらなく嬉しい。内燃機関も半導体も立派な人がこういう感じを経て偶然できたに違いない。が、私の場合、これは財を成さず散財しかない。財を散らして予想外の新しい感じを得た。 ちなみに甥っ子S太郎が言うにR2-D2っぽくするためには青と銀のコントラスト、そして黒い目玉、赤い唇が重要らしい。 写真を見た後、そのイメージを以て適当に青を塗った。次いでLED電球の丸い部分を黒く塗って目ン玉にし、口は設備の握り玉が赤だったので唇用にもぎ取った。 「できた!」 よく分からんけど新しい気がしたしR2-D2っぽい気もした。 既存の胴部分にも適当に青を入れ、それっぽくした。 ドラム缶に顔が付くとフチが持てなくなるのでシャフトに取っ手も付けた。 誰かに乗って欲しいと思った。が、あいにくその日は学校で、自宅に嫁しかいなかった。子供も全員年頃で「写真撮るなら乗らない」と言うのは間違いないので身重の嫁に乗ってもらった。 隙間から顔が見えるというのがこの乗用遊具のウリなのに、あんまり顔が見えなかった。が、ちょっと角度がズレると丸見えで、それがたまらなくおもしろかった。 ぶんぶん揺らしたいけど「身重だから揺らさないで」と言われた。その通りだと思った。 更に「暑いから早く出せ」と言われた。 これに関し「何てワガママな奴だ」と言い返したけれど、私も入って「確かに暑い」と唸った。夏の昼には向かない事が分かった。釜茹での刑にされてるみたいだった。 ちなみにロボットの頭を取ると釜茹での雰囲気が消えて入浴中の人みたいになった。ちょっと笑えた。 乗り降りも大変でハシゴを使って飛び乗るけれど足が短いとドラム缶のフチが股間に突き刺さり乗る前から面白い事が分かった。三女は「はう」って叫んでケンケンしながら「助けてー」って言った。しばらく助けず笑い転げた。 以上、今月はおじさんのまねごとをしてR2-D2風遊具ができあがるまでの顛末を書いた。 せっかく作ったのでエロ助に代わる(熊本地震で大破)アソカラのマスコットにしたい。甥っ子の発案なので名前は「S太郎」に決めた。 それにしても大自然との調和がゼロで作業場がゴミ置き場みたいになってしまった。この事だけは反省し今月の生きる醍醐味を終わる。 |
生きる醍醐味(一覧)に戻る |