第155話 全集中とスマホ(2022年4月)

四半世紀前か、治工具設計を学んだ際「モノの誉は単機能」と教わった。
「一つの機能に集中せよ、他は考えるな、考えたとしても単機能が極まった後それを展開すればいい、何やかんやで単機能が無敵」
作り手の話だと思ってたけど最近は使い手にも言えるなとスマホの民を見て思った。
史上最強の複合機、それがスマホだ。僕は持ってないからネットはパソコン、音楽はラジカセ、写真はデジカメ、通話は電話、電子決済しないからお金は財布から出す。が、それら全て、いや、それ以上がポッケに収まってしまった。
「便利でいいじゃん、早くお前も折れろ」
多勢に無勢、家族も消防団も自然派思考で知られる近所の哲学者もみーんなスマホ、米寿を超えた隣の老人ですら紙の電話帳持参(スマホの電話帳機能が使えない)でスマホになってしまった。
気付けば一人、ほんと一人になった。だから見える。心配する。命をちゃんと使ってるかという事だ。
嫁は最近スマホになった。僕に付き合わされ長い事ガラケーと家庭用タブレットの二刀流で暮らしてきたけど3G終了でスマホに機能統合した。これによりどうなったか。明らかに家事が遅くなった。
複合機がLINEの着信をピコピコ伝える。以前はその確認が遠かったけど今は冷蔵庫の上でスマホが鳴る。料理は中断。写真を添えて返信。料理に戻ると手が汚れるからしばらくスマホ。そのうち子供からもLINE。埼玉にいる長女からもLINE。奥様ネットワークからもLINE。調べものついでに韓国ドラマをチェック。
「いやん!こんな時間!」
いつの間にか日が暮れてる。
年頃の子供も一緒だ。
うちは高校生からスマホOKとしてる。高校生は半ば大人だから自主性に任すとしてるけど任せた瞬間スマホに魂吸い込まれ、長女次女三女、全く同じ展開になった。
「お前たち今日何した?」
ある週末サザエさんを見ながら家族に問うた。皆無言だった。そうだろう。何をやったと胸張って言うには集中の発す行動履歴が必要だ。いい言葉が流行ってる。全集中。スマホに気を取られてたら水の呼吸は使えない。
「何でもいい!複合機を離れて集中し今日これをやったという記憶を作れ!鼻クソ集めて巨大鼻クソを作ったでもいい!アリの行列をひたすら数えたでもいい!半日雲を追いかけたでもいい!外乱を排し何かに全集中する時間を作れ!そうしなきゃ何も残らん!命に失礼だ!」
多勢に無勢は分かってる。分かってるから他人には言わない。が、家族にだけは言っていいはずだ。
「父はそう思う」
これを書きながらパソコンも立派な複合機と矛盾を笑ってる。が、これの素晴らしいところはポッケに入らない、持ち運べない、起動するのに時間がかかる、追ってこない、その点にある。酒場の時間を邪魔するような無粋はしない。
「モノの誉は単機能、そして命の誉は全集中」
今日も起きたら何をしようと考え、眠る時にはこれをしたって言いたい。
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