「別視点」(長嶺洋輝作成)

 

全8章

1章・人の嫁の実家に遊びに行く男

2章・被害者到着

3章・焼き鳥屋さんでごちそうさま

4章・アルコールの追加

5章・旦那暴走

6章・なまえ

7章・朝の留守番

8章・産婦人医院に愛を見た

 

登場人物

 俺:横浜在住の会社員。バイクの後部座席に最も乗せた人物が福山という呪われた過去を持つ。嫁道子とも友達。道子母とも友達(?)

 福山(福ちゃん):嫁道子の旦那。独自の九州男児像を持つ。山鹿命。子供命。嫁命。

 嫁道子:福山の嫁さん。自称モーニング娘。のゴマキ似。臨月。

 道子母:嫁道子の母。福山の義母。何故か福山似。

 

1章・人の嫁の実家に遊びに行く男

 

バイクを止めると家の中から道子母が出てきた

「あらーちょうちゃん(俺の事)いらっしゃい」

「どうもお久しぶりです。」

ヘルメットを脱ぎながら挨拶を交わした。

玄関から嫁道子が出てきて言った

「久しぶりー。福ちゃんはいま散歩にでてるからもう少ししたら帰ってくると思う」

もう臨月のはずなのにうろうろしてていいんだろうか?

俺の立場から言うと遊びに来てみたらぐったりしてました。って方が気を使うので元気なほうが嬉しいんだけど、余りにも普通過ぎやしないか。

家に上がってお茶をいただく。来る道すがら、東京タワーに寄って買ってきた「東京タワーサブレ」を道子母にお土産として渡した。

コタツの上には雑誌が置かれていて、その一冊を嫁道子が読んでいた。

何を読んでるのか大体想像はついてたが、表紙を見ようと覗き込むと、それに気がついた嫁道子は自慢げに表紙を見せてきた。

「ほら!買っちゃったよーひよこクラブ。ちょっと早いんだけどねぇ」

あまりにうれしそうな顔をするので、言葉を無くした俺はせんべいを齧った。

テレビのニュースを見ている俺が退屈そうに見えたのか、「ちょうさんもひよこクラブ読む?」と気を利かせてくれたが、残念ながらひよこクラブに興味がないので辞退させていただきました。

つか読んでも何の参考にもなりそうに無かったので。できれば「素敵な奥さん」や「美しい部屋」の方がよかったです。

電話のベルが鳴った。道子母が電話に出た

・・ちょうちゃんもう来てるよ

・・バイクに乗ってる人?いないよ

・・はい、はーい

「なんかねぇ、換金所が6時半まで休憩中だったから今から帰ってくるんだって」

はあ、そうですか。

「でね、ヘルメット用意して迎えに来て欲しいだって」

無理だ。福山が電車で春日部に来ていると知っていれば予備メットを持ってきたが、知らない私が持ってくるはずも無い。

万が一、近所の人にヘルメットを借りることが出来ても、彼は自分の頭が人一倍大きいという事を忘れている。フリーサイズが入らない事を忘れている。

 

福山にヘルメットを貸して、俺がノーヘルで行っても良かったのだが

「いいよ、そこまでする事無いよ」

「福ちゃんには運動させたほうがいいよ」

と道子親子に反対されたので、せんべいを齧りつづけることにした。

 

2章・被害者到着

 

時計は7時を回っていた。

パチンコ屋さんから道子実家までは徒歩30分位らしい。もう到着していても良さそうなもんだ。道子母、嫁道子ともども心配し出した頃、旦那福山が帰ってきた。

「2万ちょっと勝ったから奢りますよ」と、立派な事を言ってる割に顔が嬉しそうでない。

コタツにも入らずウロウロしていたかと思うと突然「ひったくりに遭いましたよ」と言い出した。

道子母は、大丈夫なの?といった顔をし、嫁道子は、何を取られたの?といった顔をしていた。

「柿ピー取られた」

もちろん爆笑である。なんで柿ピー?柿ピー持ってうろうろするな。

 

福山の話によるとこうだ

7時を回っていたので暗くなっていた。遠回りになる国道を通らず、車通りも人通りも少なく暗い道をルンルン気分で歩いていたらしい。

隣に座ったおばさんとの熱い争い、そして勝利の余韻に浸っていた福山は、余り玉でもらった柿ピーの入った白いビニール袋を右手に持ち、道路の左側を無防備に振り回していたそうだ。

夜道でスキップする男。手には白いビニール袋。後ろから近寄るスクーターの音にも気付かなかった。

スクーターの男は、福山の振り回すビニール袋を掴むとフル加速して逃げていく。

福山は叫んだ!「おい!それ柿ピーぞ!」

福山は「俺の柿ピー!」「柿ピー返せ!」と、吐く言葉の殆どに柿ピーという単語を織り交ぜながら叫び、追いかけた。

いくら相手が50ccのスクーターとはいえ、走って追いつくのは不可能。福山は柿ピーを失った悲しみよりも、嫁の実家付近の治安が悪化している事を憂いつつ、とぼとぼと歩いた。

数百メートル歩いて道子実家方面に曲がる交差点に差し掛かったとき、道端に無造作に落ちているビニール袋に気がついた。丁度柿ピーが入りそうな大きさの白いビニール袋だった。福山は道端に落ちているそれを拾い、中身を確認すると新たな怒りに襲われた。それはつい数分前に福山の手の中にあった柿ピーそのものだったのだ。

持って帰る価値無しと判断した、柿ピーを捨てていった犯人。捨てられた柿ピーを拾って帰る福山。

 

その様子を想像したのであろう、嫁道子、道子母は大爆笑に陥った。ひったくられたのが柿ピーというところも面白い。なんで余り玉で柿ピーを取ってきたのであろうか。

そちらのほうもとても気になるところである。

 

3章・焼き鳥屋さんでご馳走さま

 

道子母、嫁道子、俺、と呼吸困難寸前まで笑った後は、福山に飯を奢ってもらう事にした。遠慮しようと考えなくもなかったが、福山がとても奢りたさそうだったので遠慮無く奢ってもらうことにしたのだ。

駅前の適当な店にいく事にし、4人で夜道を歩いた。道すがら福山は「娘の名前はひったくりにちなんで『ひくり』にしよう」などととんでもない提案をしたり「残業しまくっている長さんは金持ちだ。たかるなら長さんだ」などと危険な発想をしたりと大忙しだった。

店は線路近くのとり田(とりでん)にした。洋風居酒屋と迷ってみたが、全員焼き鳥屋の方がいいと言ったので焼き鳥屋になったのだ。

 

飲み物がそろうとそそくさと乾杯をし、皆、思い思いに食べる。飲む。

ここで道子母の好き嫌いの多さが露呈した。もにょもにょした食感のものが全て嫌いらしい。魚卵系も駄目だそうだ。

嫁道子もそれに習い、好き嫌いが多いという。好き嫌いが多いのになんでそんなに大きくなれたのかが疑問だ。多分良く寝てるからだろう。

福山は嫁、及び義母の好き嫌いの多さについて駄目出しをしていたが、福山とて羊羹や香草を嫌っている。

ということで、何でも食べる子元気な子は俺に決定した。ハラショー

 

ビールを大ジョッキで飲み干した福山は、その空いたジョッキにウーロンハイを作って貰っていた。俺に対しても大ジョッキで飲むスバラシさ、爽快感を熱く語ってきたので、同じくウーロンハイを大ジョッキで貰う。

そのやり取りの一部始終を見ていた焼き鳥屋の大将が言った

「大ジョッキ、持って帰っていいよ」

突然の事に耳を疑ったが、大ジョッキのモデルチェンジに伴い、現在使用中のジョッキがお払い箱になるという。どの道処分するものだから使ってくれるなら持って帰ってくれという事だそうだ。

顔中喜びいっぱいで頬肉をもりあがらせまくった福山は勢いづいて全部持って帰ろうと提案。嫁道子に置き場所が無いと却下されていた。

 

お腹もそこそこたまった頃にテレビに福山の中学の頃の友人が写った。

山鹿の大家族をテーマとしたコーナーだった。3世代家族がテレビに映る。

福山はそれを見たとたんテレビにくぎ付けとなり、「ええなー。テレビ」「テレビ出ちゃー」と繰り返していた。

 

飲み物も、食べ物も殆ど無くなって、福山の友人の写っていたテレビも終わった。

嫁道子のそろそろ帰ろうの合図で、大ジョッキを持ったまま外に出た。

他のお客さんが大将に「今のお客さんジョッキ持ってってるよ!」と言ってる声が引き戸越しに聞こえた。

3月にしては暖かい夜風に吹かれつつ、ジョッキに残った氷を側溝に捨てる。

 

会計を終え、お勧めの店を聞いていた福山と、嫁道子が遅れて出てきた。

「私たち帰るけどどうすんの?」

「長さんともう一軒いってきます」

「じゃあジョッキ持って帰っとくよ」

「それじゃお願いしますー」

道子母にジョッキを手渡すと、大将に聞いた次の店に向かう事にした。

あとから考えると、道子母が嫁道子を支えるように歩いていたような気がした。

 

4章・アルコールの追加

 

数分歩くと大将の言っていた店に到着した。

民家以上店舗未満といったこじんまりとしたお店で、看板には

「カラオケスナックコロコロ」と書かれていた。

薄暗い店内に入ると他の客が歌う知らない演歌がまず聞こえてきた。

店員(ママ?)とおぼしき還暦近そうなおばさんが出てきて席に案内された。

おばさんはチョット待ってねチョット待ってねというと一段高くなってるステージに行き、これまた聞いた事も無い演歌を歌い出した。

他に客は、不況について語り合うおじさん連中のみ。

焼酎をボトルで貰うと、「歌って歌って」言うおばさんを無視して福山と飲んだ。

おばさんが歌って歌ってと食い下がってくるので仕方なしに谷村新司、さだまさしと歌ったが、歌った感想としては「なぜにおばさんは歌わせたがったのか」が疑問に残った。歌ってる最中に食事されても。。

たまたまなのか俺と福山両方ともさだまさしを歌ったのだが、私が「奇跡〜大きな愛のように〜」。福山が「案山子」を歌った。性格が出てるような気がするがどうだろう?

12時を過ぎたところで会計を済ませ店を出た。

 

福山はそそくさと帰ろうとしていたが、コンビニに行きたい行きたいとゴネてみたところ、肉まんと引き換えにコンビニ行きが決定した。

駅の前にあるコンビニまでふたりでフラフラあるいていった。

しかし、一軒目のコンビニには残念ながらアンまんしか無く、もう一軒に行った所、中華まんのケース毎無かった。

というか実はここら辺の記憶あいまい。スナック菓子をふた袋、梅ジュース(500ml)を1本、白熊アイス1本、あと焼肉ライスバーガーを1個とお焼きらしきもの1個を購入。肉まんの替わりにライスバーガーを福山に渡すと、嫁道子実家へ向かった。

12時をゆうに過ぎているのに嫁道子実家には煌煌と明かりが灯っていた。

「ただいまー」

「おじゃましまーす」

リビングのほうから嫁道子のオカエリーという声が聞こえてきた。

 

福山はリビングの戸を明けると、言った。

「おまえ、まだ起きとったんや」

 

5章・旦那暴走

 

旦那に続き「おじゃましまーす」といいながらリビングに上がった。

福山は嫁道子に、妊婦だろうが早く寝ろと言いながらウロウロしていた。嫁道子はコタツに入り、ソファーを背もたれにして本を読んでいた。

道子母が風呂を進めてくれたのだが、今朝入ってきたと言い断った。お焼きが冷めない内に食べなきゃいけない。その横で、福山はコタツに入り独り言のように言った

「おまえ、起きてるてめずらしゃーね。どうしたんや」

嫁道子は目線を本から上げずに答えた

「破水した」

 

お焼きを噛み締めるアゴの動きが止まった。

福山は素早く嫁道子を見た。眉が困ったかんじになっていた。

 

俺のアゴが再びお焼きを噛みしめ出すと同時に、福山は困った顔をしたまましゃべり出した。

「病院に行かなんっちゃにゃーとや」

「電話した。痛くなるまで来なくていいって言われた」

「痛くなったら大変なんじゃにゃーとや」

「だから痛くなったら病院に行くって言ってるじゃない」

嫁道子の語気が荒くなっていく。お焼きがなかなか美味しい。

二つ入ってるうちの1個を平らげた。夫婦の会話は続く

「ホントに破水なんや?」

「臭いもおかしいから多分破水。」

「ホントに破水や?」

「もー、そんなに疑うなら臭ってみればいいじゃない!」

「何で俺がにおわなんとや!」

どこかに逃げ出したい独身男性をよそに、言い争いはどんどんヒートアップしていく。

梅ジュースの味が濃い。失敗した。お茶を買えばよかった。

 

言い争う二人を見かねたのか、洗面所の方から道子母がひょっこり現れ、事の成り行きを説明した。

焼き鳥屋でもう怪しかった事、病院に電話したら明日来いと言われた事、痛みが来たら病院に連絡すればいいという事。

道子母、嫁道子の態度、行動から言ってもそこまで大変な事態じゃなさそうだ。

ドラマとかで破水した!とかいうと、すわ一大事!って感じだけど、現実には

そこまで切迫した感じではない模様。

このまま陣痛が来るまで待たなきゃいけないってのが大変そうだ。甘ったるい梅ジュースを飲みながらそう思った。

 

福山への説明も一段落した嫁道子は、一つ残っているお焼きに興味が向いたようだ。

「これなに?」

「揚げお焼き。中に肉と野菜が入ってる奴。ほら」

見せただけで俺が平らげた。もしかしたらお焼きが欲しかったのだろうか。食欲だったとしたら驚異的だ。

 

台所でこまごました仕事を片付けた道子母は、夜遅いから寝る。

なにかあったら起こして、と言い残すと寝室へと上がっていった。

 

しばらく静かにしていた福山だが、我慢の限界に到達したらしく、おしゃべり攻勢が始まった。

「お前、本当に大丈夫なんや」

「分からないって言ってんじゃん。痛くなったら病院に電話すればいいんだし」

「本当に大丈夫なんや?ヤブ医者だったらどうすっとや」

「知らないよ!そんなの!」

ピシャリと一喝された福山だったが、とても素晴らしい考えを思いついた!という顔で、やんわりと嫁道子に提案した。

「道子ー。山本さんに聞いてみようか」

「夜中だよ、何時だと思ってるの?起きてないよ。迷惑だよ」

時計は1時過ぎを指していた。

福山は嫁道子の声を無視してのそりと起きあがると電話のある台所へ歩いていった。

嫁道子は「迷惑」「電話しなくても分かる」「迷惑」と繰り返している。福山はそれに対し提案した。

「じゃあ迷惑にならんように電話すっけん」

追加条件として嫁道子から「旦那の独断で電話した旨を伝える事」も付け加えられた。

夜電話するときは何て言えばええとや?と聞かれたので、「夜分恐れ入ります」くらいは言っとけと答えた。

福山が受話器を取りダイヤルを押す。嫁道子は本当に不機嫌そうだ。ここまで不機嫌な顔は地獄の人生ゲーム時以来である。あの時は生贄を置いて逃げれたが、今回はどうだ?

電話が繋がったらしい

「道子が破水したとばってんが、どぎゃんすればええと?」

もしもしさえ言わない旦那の電話に嫁道子の堪忍袋が瞬時に爆発。

「夜分恐れ入りますって言ってないじゃん!もー!」

非常に居づらいこの空気。帰りたくても飲酒状態。この状態で首都高を走れば、速度超過およびハンドル操作を誤って死亡というのが本命だろう。

とすると、産まれてくる福山の子は俺の生まれ変わりということになる。それはお互いの幸せの為にも良くない。

バイク以外の手段としては、電車もあるが終電が過ぎてからかなり経つ。有無を言わさず夫婦喧嘩の園に軟禁確定。

全力でぶーたれる嫁道子と、電話口の山本さんに質問をぶつける福山に挟まれ、家族が喧嘩してるときの飼い犬みたいな居たたまれない気持ちになった。

嫁道子が「怒らせるからちょっと出ちゃったじゃないのもー!」と言ってたが、考えない事にする。ああ、梅ジュースは美味い!美味いなぁ!ホント!!

 

6章・なまえ

 

「破水ってったい」

電話を切った福山が言うと、嫁道子は不機嫌さ全開で

「判ってるって言ったじゃないもー、何にも判ってない馬鹿って思われるじゃん」と、福山を叱った。

福山はできる事はやった、という満足感からだろうかコタツに入るとゆっくりと横になった。

「道子ー、痛くなったら即、病院にいかなんぞ」

何故か落ち着いた口調になった福山は、横になったまま言った。

「知ってますー」

口を尖らせ答える嫁道子。

 

喧嘩も終わり、梅ジュースも飲み干してしまった。

そうそう、名前名前。

 

「ミッちゃんて子供の名前は考えたんね?」

「いや、だって全部福ちゃんに反対されるんだもん」

読みふけっていたひよこクラブから顔を上げると、もそもそと言った。

「『ひくり』にすっばい、俺がひったくりにあったんだけんがぁ」

横になったまま福山はやる気の無い声を上げた。

嫁道子は福山の頭をパスンとはたくと言った。

「ちょっとは真面目に考えてよー。長さんの方が真面目に考えてんじゃん!」

 

福山の考える名前の大半は却下されるだろうから、これならまだゴッドファーザーになる余地が残されてるんじゃなかろうかと、30程度名前を考えて福山夫妻にメールで送りつけていたのだ。とはいえ、提案の半分は

優道子(ゆみこ)

極道子(きみこ)

鹿子(しかこ)

といったものだから、ふざけ半分が目に見えてる。

特に鹿子は、山鹿命の福山なら飛びつくと思ったのだが、

どうもふざけが過ぎるということで却下されつづけている名前だ。

 

福山鹿子、即ち 福(山鹿)子。

いい名前だと思うんだけどなぁ

 

福山が提案する名前、ひくり、いろり、エンガワは、当然ながら却下され、嫁道子の提案する名前も、「マンガじゃにゃーとだけん」という理由で却下されていた。

以前福山一押しだった「サクラ」という名前は、現在新生児のお名前一番人気ということで却下されたようだ。

春に香るで「はるか」なんかどうだ?と提案したが、これも福山に「東京大学物語のなんとか遥を思い出す。同じく登場人物の村上みたいな男に捉まってもらっては困る!」と却下された。

マンガに拘ってるのは福山のような気もする。

 

冷蔵庫からヤクルトを貰い、飲む。

さすがは第一子。名前を考える時間が半端ではない。

嫁道子はまだ寝る様子も無く、時計を見てはメモをつけたりしている。

福山はそろそろ夢の中へ旅立つ頃だろう。

 

ヤクルトをもう一本飲む。

400億のL・カゼイシロタ菌が我が体内に充満し、悪玉菌を駆逐し善玉菌を増やす。まさに健康飲料ヤクルト。

男だったら「ヤクル人(と)」って名前はどうだ?と思ったが、口に出さなかった。

 

ヤクルトをもう一本飲む。

サクラが駄目ならサクラの木、ソメイヨシノ。芳乃なんかどうだ?とも思ったが、これもマンガの登場人物の名前。スプリガンに登場する霊媒士であり遺跡荒しの名前だ。スプリガンの単行本は一時期、部室というか道場に置いてあったので福山も読んだことがあるだろう。却下されるのは火を見るより明らかだ。

 

ヤクルトをもう一本飲む。

「長さん、寝るんだったら上に布団しいてるから。それともおかんと寝るんだったら・・」

嫁道子が声をかけてきた。

「僕はもう大きいので一人で寝れます。」

時間も遅い事だし、俺が寝たほうが嫁道子的にも気楽なような気がしたので最後にヤクルトをもう一本飲むと、とうに熟睡している福山と

なにやらメモをとっている嫁道子にオヤスミをいい、お客様寝室へと上がった。

 

布団にもぐると、残った酒が頭に回り意識が途切れた。

もしかしたらLカゼイシロタ菌が回ったのかもしれない。

 

 

用水路を水が流れる音に気がついた。目を閉じてても朝が来たのが判る。

酒を飲みすぎたからだろうか、目を開ける気にもなれない。

布団でぐったりしていると、ドタドタと階段を上がる音に続いて勢い良くふすまが開けられた。

「長さん、病院行ってくっけんが一人で留守番しとってー」

福山はそう言うと、来たときと同じようにドタドタと階段を降りていった。

 

7章・朝の留守番

 

いつまでもぐったり寝てるわけにもいかないような気がしたんで、どっこいしょと身を起こすと、ふらふらリビングに降りた。

誰も居ない家はそれはもう他人行儀で、かといって留守番なので外にでるわけにも行かない。

窓越しに見る外は、さわやかに晴れていた。残念ながら洗車日和だ。

実は現在バイクの塗装途中なので、外に出てタンクかカウルにヤスリ掛けしたいところではあるが、アルコールの残ったからだが重く、だるい。

とりあえずテレビをつけてみるが、どうして日曜の朝の番組ってここまで面白くないんだろう。どのチャンネルまわしても同じ番組しかあってないような錯覚に陥る。

 

よーし、こうなったら瞑想だ!!

というかとにかくボケーっとしていた。なにも考えないでなにもしない。

ヨダレを垂らさんばかりにボケーとしていると、道子母が戻ってきた。

「ごめんねぇ。道子入院してさあ」

茶碗にごはんをつぎながら、朝ご飯食べる?と尋ねてきた。

いただきます。と答えると、卵を焼きながら、朝が良く似合う元気な声で朝の顛末を話し始めた。

 

朝9時、産婦人院から電話があり緊急入院。

友達にクルマで送ってもらったらしい。ははぁ、多分このときに福山が留守番しとけって言いに来たんだな。道子母は続けた。

破水から24H以上経つと感染症の恐れが出てくるので、それ以前。今日の22時までには産まれる、もしくは産ませるらしい。

「じゃあ、今日が誕生日ですね」

「そうだよー」

道子母は昨日となんら変わらぬ丸い笑顔でそう答えた。

 

道子母は、チャッチャと手早くオーソドックスな朝食を作り終えると、病院に行ってくる。福ちゃんがそろそろ帰ってくると思うから。と言い残して、そそくさと出かけていった。

 

しずかな部屋でもくもくと朝食を食べる。

こんなに普通の日に、何の変哲も無い日曜日に子供が生まれるんだそうだ。

俺はというと、ただご飯が美味しく、久しぶりに食べる甘い卵焼きが美味しいだけだ。新しい命が生まれることに対する感動とかは無い。

まあ、そんなものなんだろう。自分の子供じゃないんだし。でも、将来自分の子供が生まれるときでもこんなに淡々としているのだろうか?

福山みたくおろおろするのかもしれないし、今と同じように淡々とご飯を食べるのかもしれない。

 

飯を食べ終え、遠いのか、近いのか。それとも永遠に来ないのか、見当もつかない将来をホケーと考えていたところ、福山が帰ってきた。

「オウ、長さん起きたんね。子供産まれるのて、16時から22時の間てったい」

「へぇー、時間かかるねぇ」

いつもと違わぬ福山だった。昨日山本さんに電話したときのようなオロオロ感は微塵も無い。

「うぇぃー」とオッサン声をあげつつコタツに座ると、ひよこクラブを斜め読みしていた。

「まだまだ時間があるねぇ、男は出産に関しちゃなんもできんからなぁ」

そう言うと時計を見た。11時だった。

「今日産まるっけんが、ミイナ(3・17)はどうかね?」

福山が嬉しそうに新たな名前を提案したが、今度は今度で水商売ライクな名前だ。角が立たないようどちらともつかない生返事を返しておいた。ほっといても嫁道子に却下されるだろう。

 

ただいまー、と玄関から元気な声がした。道子母が病院から帰ってきた。

道子母は福山に昼飯(ブランチ?)を作ると、また慌しく動き出した。病院に持って行く物のメモを見ながらアタフタとしている。

 

ココに居るべきじゃない空気が満載。

福山は、飯を食った後産婦人院に行くという。それに合わせて俺も帰ろう。帰って洗濯物でもワンサカ洗おう。そしてカッターシャツ(どうも世間一般ではYシャツと言うらしい)でも見に行こう。

 

飯を食い終えた福山は、誰に言うとも無く

「男は出産に関しては何もできんけんなぁ。むしろ無力だ!」

と熱弁。そして昨日行ったパチンコ店の素晴らしさを熱く語っていた。

飯を食べ終え腹がこなれた頃、福山は「行くか」と言った。俺も帰ろう。居たところで迷惑にしかならない。

嫁道子が産気づいたときに隣で「ヒ・ヒ・フー」とか言ってたら、末代まで祟られる事請け合いな迷惑者。間違い無くグーで殴られる事でしょう。

居ても何も出来ないならまだしも、余計な気を使わせる事になるし、なにより洗濯物が溜まってる。月曜着て行くカッターシャツ(世間で言うYシャツ)を洗わなきゃならない。バイクも鏡面になるように磨き上げないといけない(わけじゃないけど)

 

長さんも道子んとこ寄っていくど?

 

はい?えーとまぁ、ああ、うん。

切れの悪い返事をするのがやっと。えー、産婦人院にいかなきゃならないんですか?

福山はやたらとやる気である。如何にその施設、設備が凄いかを力説しまくっている。

「パラマウントベッドばい!パラマウントベッド!冷蔵庫もあるんぞ!」

へー、と生返事をすると、荷物とヘルメットを持った。

福山と道子母で話をしている。

「お義母さーん、病院行ってから、コレ、行ってきます。散歩」

「あぁ、コレね。散歩」

口では散歩と言ってるのに、手がパチンコになってるのは何でだ?

 

「それじゃあ、俺も病院に顔出してから帰りますー。」

「あらー、なんにも出来なくて悪かったねぇ。九州に帰る前にまた来なさいよ」

バイクにまたがりヘルメットを被る。玄関から顔をだしてる道子母に軽く手を振ると、福山の自転車を追った。

 

8章・産婦人医院に愛を見た

 

バイクのエンジンを切り、福山に付いてお洒落建築の病院に入る。物心ついてから産婦人院科の門をくぐるのは初めてだ。イメージとしては歯医者と共通の、パステル調のカラーリングだ。そう大きな病院ではないが、建物の端々に感じられるデザインが高級感とは違う高品質を演出している。

「こっちばい」

階段を昇る。吹き抜けを迂回する緩やかな階段を登る。

「ここが赤ちゃん展示場た」

廊下に面したガラス張りの部屋を、福山が指差した。

明かりが落ち子供が一人も居ないその部屋は、とにかく静かだった。

 

「おい道子ー、来たぞー」

あるドアをあけると、福山はずかずかと入っていった。ホントに入っていいのかな?とキョトキョトしつつ福山に続く。

その部屋のベッドでは、嫁道子が眉間にしわをバッチリ寄せて横になっていた。

掛ける言葉が見当たらず、とりあえず「こんにちは」と言っといた。

 

福山がこの部屋の設備、凄さを説明する。とりあえず「へー」と言っといた。福山は勢いなのか過剰なサービス精神なのか、痛みをこらえてる嫁道子の乗るベッドを動かし、パラマウントベッドであることを知らせてくれた。彼は冷たく怒られていたが。

 

静かな時間が過ぎて行く。この部屋でこの状況で何を話せば良いと言うのか、知ってる人が居たら教えて欲しい。つか無理だろ。

以前、手芸店にジャージで出かけたときに感じたものを遥かに凌ぐ居心地の悪さをひしひしと感じていた。子供の顔をチラリとでも見てから帰りたいとこだが、そんなにすぐに産まれるはずも無し。それに旦那はともかく俺が居たところでなんのタシになるのかっつーの。帰ったほうがお互いの幸せの為だよね。洗濯物もたくさんあるし。何の変哲も無い窓の外を眺めつつ、帰るタイミングを探った。

沈黙に耐えかねたのか、それともパチンコに行こうとしている引け目があるのか、福山は

「何かできる事無いや?」

と、椅子に座ったまま嫁道子に尋ねた。嫁道子は即座にそして端的に

「さすって」

と答えた。

「なんやそぎゃんことでくっか!」

オドオドした目で福山が断った。

 

時は満ちた!今こそ退却!

心の将軍からの伝令。退却命令です。ナウゲットチャンス!

「そんじゃ俺帰っけんが、 がんばってー」

 

「もう帰るとや、気をつけてー。」

福山のその声を背に、病室を後にした。出口でチラと振りかえると、病室には嫁と、椅子から立ち上がり嫁の腰をおっかなびっくりさする旦那が居た。

それは心の奥の方に響く温かい風景だった。

 

バイクのエンジンを掛け、できる限り静かに病院を離れる。

この病院で数時間後には、今日という日が記念日になることだろう。

すり抜けを繰り返し、混雑した国道を南へ向かって走る。バイクの進路を乱すほど強く吹く南風が、すぐそこまで来ている春を知らせていた。

 

終わり

 

作・長嶺洋輝