第139話 顔が大きくなる板(2018年9月) 9KB

技術

先日メーカーフェアで顔が大きくなる箱というのをかぶった。
本当ならかぶりたくなかった。そんなモノかぶらなくても私は顔がデカいと言われていて、小さくなるならまだしも、わざわざ大きくする必要性を微塵も感じなかった。が、知り合いの林さん(インターネット新聞の編集長)が嬉しそうに「どうぞ遠慮なさらずかぶって下さい」と言うのでしぶしぶかぶった。

周りは盛り上がった。当然、顔が大きくなって盛り上がってると思った。が、レンズが天井の灯りを反射し、鼻からビームが出たみたいになって盛り上がっていた。
「顔の大きさはどう?」
隣の同級生に聞いた。
「うん普通、変化なし」
顔が大きくなる箱なのに鼻からビームでのみ笑われ、誰も顔の大きさには触れてくれないというまさかの事態に陥った。

それから数日後、あれはそう、顔が大きくならない悔しさを忘れかけた頃、衝撃のデジタル技術を娘に突き付けられた。SNOWという画像をいじるソフトで、瞬時に顔を認識し、おもしろ写真に変えてしまうらしい。
私はスマホが嫌いだ。むろん持ってないし、アプリとかインスタとか言われても意味不明。デジタル技術じゃ笑わない自信があった。が、笑った。

三女と実父の変形写真にクスッとしてしまった。
「悔しい!もう二度と笑わない!」
誓った次の瞬間、今度は二人の顔を入れ替えるという反則技が来た。なんと実父と四女を入れ替えた。

「むふー!ゲホッ!」
こらえたぶんだけ本気でむせてしまった。ぬらりひょんと宇宙人じゃないか。悔しいけれど最高だ。デジタル技術はもうここまで来てるのか。
アナログのピンチを感じた。そして顔が大きくなる箱を思い出した。
「あれは単なる箱じゃない!SNOWと戦ってんだ!アナログ vs デジタル、全面戦争の幕開けだ!負けるわけにはいかない!僕も作るぞ!顔が大きい人でも大きくなったのがハッキリ分かるの作る!」

そういえば「おもしろ看板を考えて欲しい」という軽い相談が来ていた。これと絡めればチャレンジが仕事になって材料費が見てもらえるかもしれない。
「顔が大きくなる看板はどうだろう?」
既存の箱は箱ゆえに両手が自由にならずポーズが決められないという欠点があった。自由になるようレンズを浮かせたところで固定し、背景を記者会見みたいな市松模様(宣伝入り)にしたらどうか。
図面を描き、知り合い数人に打診した。このチャレンジが趣味となるか仕事となるか、真剣勝負だけれど誰もピンと来なかった。
「顔が大きくなって何がおもしろいの?」
確かに何がおもしろいのか私自身がよく分かってなかった。分かってないけど想像するにおもしろく、おもしろいからおもしろい専門の林さん(インターネット新聞の編集長)もハマっているのだろう。
「で、それ作るとして幾らぐらいかかるの?」
「えっ?」
「耐久性は?」
「んー?」
客との問答を繰り返し、こりゃ試作せんと話にならんと思った。思ったついでにパイオニアの林さんに連絡し「作っていいですか?」と聞いた。林さんはオープンソースという外来語を使って承諾し、作り方が書いてあるページを教えてくれた。
大変参考になった。レンズがどこで買えるかも書いてあり、そのレンズが意外と高級品だという事も分かった。
「どうせやるなら色んなレンズを試したい」
ペラペラの安いヤツから林さんが使っているちゃんとしたヤツまで幅広く買った。
「何がどうおもしろいのか?」
作って売るからには作る本人が分かってなきゃならない。まずはレンズ単体でおもしろい絵を探求した。が、この「おもしろい絵」にはそれなりのセンスがいるらしい。私と嫁が何十枚撮ってもおもしろくならず、三女が撮ると一発でおもしろい絵が撮れた。モデルをさせても撮らせても三女がやった時だけおもしろくなった。
「SNOWだって普通に撮ったらおもしろくないとよ、おもしろく撮らんとおもしろくならんと」
娘の日本語が心に沁みた。デジタルの申し子・小6三女に完敗だった。三女を師と仰ぎ実験を進めた。

まずレンズ。これは体積がほぼ値段になる。200mm角0.5mm厚(1000円弱)から500mm角2mm厚(10000円弱)まで買った。厚いと歪みが減ってクリアな視界になる事が分かった。

三女にひとしきり暴れてもらい色んなレンズで撮った。
サイズは大きければ大きいほどいいと思っていたが身長160センチぐらいの人には400mm角ぐらいが適当で、それより大きくなるとおもしろくない事が分かった。

何事も加減が大事らしく、ある一定の線を超えると「それは違う」と脳が認識するみたいで赤ちゃんの体に私のサイズを乗せてもヘタクソな合成写真みたいになってリアリティーが失せた。
尚、実験はすぐに飽き、四女の撮影会が始まった。おもしろいだけじゃなく、かわいい写真が撮れる事も分かった。

次に「取り扱い」という点でレンズは色々面倒臭かった。やっぱり触っちゃいけないし、樹脂だから傷も付きやすい。衝撃を与えると割れる可能性だってある。それに薄いレンズはペラペラだからピンボケの嵐。動画はおもしろいけど静止画には向かなかった。
この対策として全てのレンズにアルミ製の枠、及び取っ手を付けた。

これにより安心しておもしろ写真の実験ができるようになった。
以下、実験の成果をじゃんじゃん載せる。

まずは寝起きなのにハイテンションな次女。

次に最大レンズ活用で誰か分からずモザイク不要の夫婦。

宮尾すすむを知らないのに宮尾すすむっぽいポーズをする三女。

振り向きざまの巨顔。

スーパーディフォルメ四女。

「今日からダイエット」と言いながら間食やめられない長女。

以上、これらの実験でアナログ技術もデジタル技術に負けない事が分かった。
そこで看板の話に戻したい。
この「顔が大きくなる板」が宙に浮いてる風景を想像して欲しい。両手が自由。バックには記者会見ぽい市松模様があって楽しい写真が撮れる。そんな看板が作りたい。(下はそのイメージ漫画)

欲を言えば30台ぐらいまとめて作り、看板一覧を載せたパンフレットも併せて作る。観光客はそのパンフレットを持って顔が大きくなる看板巡りをする。
楽しいじゃないか。看板の数だけ変顔を用意しなきゃならないし、そこへ行かなきゃその看板はない。子供用、ペット用、客層に合わせ色んな看板を作ってもいい。

とりあえず叩き台の図面も描いた。

今すぐ作りたいが作ってしまうと置く場所に困るし嫁も怒るから欲しい人が出てから作る。
尚、背景の看板に関しては漫画家くまみね氏にお願いする予定で、彼も巨顔で変人だからそういうのが欲しかったと言う。

最後に…。
冒頭「顔が小さくなる板が欲しい」と書いた。
レンズを探したら小さくなるレンズもあった。

最高だ。夢が叶った。
これもフレームを付け理想のサイズを追った。
5.5頭身が夢の8頭身になった。

これは誰にもあげない。小さくなるのは自分専用にして優越感にひたる。
「今日から僕もシュッとした人間の仲間入り!」
言って悲しかったけど書いても悲しかった。

とにかくアナログだっておもろい事を伝えたい。
アナログはデジタルに負けない。何がSNOWだ。何がスマートだ。何が流行だ。アナログの方が場所も食うし金も食うし昭和だ。
「手に取って見てくれ、存在感抜群、ムダに熱いぞ」
そうそう、顔が大きくなる板の名前はRAIN(雨)に決めた。SNOWは無料アプリをダウンロードと聞いてるが、RAIN(雨)はファックスで見積もり、むろん有料、まったく安くない。
「アナログ遊びも楽しいぞ!」
涙の叫びはスマホに夢中の嫁子に届かぬ。
「ほら、おもろいぞー」
「…」
「顔が大きくなるぞー、父専用は小さくなるぞー」
「…」
寒空に雨。一人孤独なアナログ遊び。右も左も皆スマホ。
昭和の中年、その心にRAIN(雨)。