第27話 テレサテンとチンピラ(2008年5月) 10KB

つい先日、テレビでテレサテンの特番がやっていて学生時代の事を思い出した。
私は熊本電波高専という元スパイ養成学校の出であるが、その寮の厳しさといったら半端じゃなかった。ほんの一例として寮の風呂を挙げるが、浴室へ入ると入口のところで正座をし、洗い場の順番を待たねばならない。一年と二年(高専は五年まである)の洗い場と湯船は決められていて、その数は少なく、大抵はこの段取りを踏まねばならない。洗い場を無事に通過できたとしても入浴前と入浴後には排水溝のチェックをせねばならず、これがまた面倒臭い。更に出てゆく時には軍隊染みた挨拶をしなければならないし、風呂一つをとってみても余計な風習に事欠かなかった。しかし、これを余計と言ってしまえば伝統と粛清を重んずる寮にあって身がもたない。私は口にこそ出した事はないが露骨に「無駄だ」と思っていたため、挨拶の声に気持ちが入ってない、またはチェックのやり方に心がこもってないという理由で、夜中の二時三時に叩き起こされ、竹刀で叩かれた事、一度や二度ではなく、だんだん風呂が嫌いになった。
青春前段(中学時代)の私はヤンチャな少年ではあったがヤンキーではなかった。
成績は中の下だったが、後半になって大きく伸びた。素行もいい。ある友人が私のカバンにエロ本を忍ばせた時、気付いた私は焦り焦った末、夜な夜な家を飛び出し、地中深くにそれを埋めた。青春の象徴・運動に関しても充実した時間を過ごしている。軟式テニス部に属しており、日が昇ると同時に朝練をし、夜も日が落ちるまで白球を追い、試合に負ければ草葉の陰でオイオイ泣いた。
このように非の打ちどころがない十代前半を送っており、表立った補導歴や前科もない。が・・・、電波高専という元スパイ養成学校の寮に入って少々ズレた。
この軍隊染みた風習は私をスネさせた。冒頭のように余計な風習が許せなかった私は先輩から見ると「生意気な若造」と映ったろう。通称「シンヨビ」と呼ばれる深夜の呼び出しに必ず出席し、必ず殴られ、そのお陰で人生の要諦である怒りを収束させるコツを得た。シンヨビの大半は酒席の延長上にあり、酔った余興に一年を呼ぶという流れになっているため、はっきり言って呼び出す理由はどうでもいい。最初は「挨拶が悪い」とか「掃除が手抜き」とか、もっともらしい理由を言われるが、次の瞬間には「お前の足音がむかつく」「息をするな」「目を閉じて生きよ」「屁をふるな」などなど、訳の分からぬ罵声が飛び交い始める。当然、数発は殴られないと場が収まらない。で、殴られた後、猛烈に効いてるフリをする、これが手短に切り上げるコツだ。ちょっとでも効いてないような素振りを見せると長期戦になってしまい本当に効いてくる。その点、私は演技派である上に経験豊富であったため、劇団四季も真っ青なほど大袈裟にブッ飛び、そして苦しんだ。主催者は酒が入っているため具合を見極める能力に欠けており、そういう場というものは大袈裟なぐらいが盛り上がるし気持ちがいい。
(うむうむ、今日はよく眠れる)
と、先方も納得する運びとなるのだ。
これは最も仲が良い友人に起こった話だが、彼は優等生であるためシンヨビに慣れていなかった。その彼が酒の余興で呼ばれ、大いに殴られた。彼は痛がる事を恥辱と思い、竹刀による痛打に耐えたわけだが、その事が原因で入院した。呼ぶ方も呼ばれる方も素人だった場合、事件になってしまうというのがシンヨビで、取り扱いには注意がいる。
私はこの寮にあって色々な先輩の手元を離れ、ヤンキーが集う一角に落ち着いた。ちょっぴり湿度が高く暗い、そして人の気配が夜しかしないアウトローの聖地。そこで変な先輩に可愛がってもらう運びとなるのであるが、今思い出しても凄い一角だった。
「掃除は適当でいい、週一でいい」
この軍隊寮にあって掃除が週一で良いというのは恐るべき指示であり、それを他でやろうものなら体が幾つあっても足りない。また一年生は身分的に奴隷と呼ばれ、食堂で飯を食う以外は何も食ってはならず、自販機も使ってはいけないというのが規律であったが、そういうのはどうでもいい、他の奴らに見付からぬよう勝手にやれという事だった。その代わり「言われた事(パシリ)はやれ」、「尾崎豊を聞け」「マッサージをしろ」というのがこの場所の規律であった。
ハッキリ言って居心地は良かった。パシリさえやれば細かい事は何も言われなかった。ただし、この地域の特色として、毎晩飲み会が続き、パシリは群を抜いてきつかった。消灯後、何も言わずとも酒とツマミを買いに行くのが私の日課であり、朝は先輩のバイクを隠しに行くのも重要な仕事の一つであった。(寮はバイク持込禁止で、裏の病院に隠し持つのが当時の常識だった)また、変わった人が多かったため、近くの女子寮に手紙を出しに行ったり、深夜、学校のプールで先輩が泳ぐ際の見張りをしたり、パチンコや風俗店の新装開店、その順番待ちをしたりと業務は多岐に渡ったが、いずれも微々たる小遣銭をくれ、人間の使い方に優しさが見えた。
このヤンキーエリア、夜とテスト期間中は寮生じゃない人でごった返した。どう見ても学生とは思えないチンピラの巣窟となり、タバコの煙と酒の臭いが夜遅くまで満ち溢れ、その代わり朝はいつまでも目覚めず、この地域から出席不足の留年者と退学者を多く排出した。
私が一年(16)の時、四年生(19)のチンピラ衆は本当に怖い存在であった。赤い色メガネをかけたHという人が特に強烈で、袋ラーメンを作るのも一年の立派な仕事であったが、この先輩は一晩で五袋も食べた。それだけでも怖かったが、この先輩は全ての挙動に威厳があり、隙がないのが怖かった。ちなみにこのHさんは「糸十」という技を編み出し、そして普及させた。というのも、当時はガスコンロを使うのに三分十円が必要であった。Hさんは十円玉に釣り糸を貼り付け、ガスが起動した後に十円玉を回収するという荒業を編み出し、その方法を「糸十」と名付け、私たち一年にやり方を徹底指導した。また、非常階段は使用禁止となっていたがHさんは非常階段のみを使用し、正面玄関を嫌った。アウトローのお手本みたいな人であった。
ある日、Hさんが学校から戻ってくると非常階段に鍵が掛けられていた。イラッとしたHさんは木工用ボンドを鍵穴に流し込み、
「付いて来い! 男の怒りを見せてやる!」
そう言うと鍵をかけたと思われる教官の車、その場所へ私を連れて行き、車の前で野グソをした。Hさん曰く、木工用ボンドは鍵を固くするが使用不能にはならないらしく、瞬間接着剤を用いないところが男の優しさらしい。また、車に悪戯をするのはクズのやる事で、ションベンをかけるのも下々のやる事らしい。
「男なら、大きな一本糞で語ろうではないか」
高倉健の大ファンというHさんは怒りの表現にも変なこだわりがあり、いちいち怖かった。
寮の中心的存在はラグビー部であった。私はこの集団に嫌われており、ラグビー部がシンヨビをする場合レギュラー出演していたが、そのラグビー部もHさんとその周辺、そしてこのヤンキーゾーンだけは足を踏み入れなかった。
ある夜、飲み会の最中に呼び出しがあり、慣れていた私は「ちょっと行ってきます」と、足取り軽く出て行こうとしたのであるが、Hさんは「行くな」と言い、何か私に買い付けを命じた。当然、私としてはHさんの命に従い、呼び出しに尻を向けて買い出しに行ったのであるが、それがラグビー部の怒りを買った。
私が買い出しから戻ってくるとガタイのいいラグビー部が押し寄せてきたのであるが、Hさんは丸無視して飲み続け、ついに立ち上がりラグビー部を連れてどこかへ行った。
ラグビー部はその日から私を呼ばなくなった。Hさんが何を言ったのかは分からないが、私にとって煩わしい行事の一つがなくなった事は非常にありがたい事で、Hさんにタバコをプレゼントしたような記憶がある。
秋、別れの季節だったと思うが、Hさんの涙を見た。掃除をすべく部屋に入るとHさんは超強面のチンピラ二人とテレサテンを聴いていた。Hさんの顔は嵐の後のようになっており、他二人も涙を堪えているのが見え見えだった。三人は強面を崩し、
「いいなぁ」
しみじみ、本当にしみじみそう言っていた。
「今日は何の集まりですか?」
問うてみると、彼女の一人がHさんの元を離れていったらしく、「テレサを聞いて立ち直ろう会」らしい。Hさんには両手の数だけ彼女がいて、その人たちがHさんの派手な生活を支えているというのは有名な話であったが、そのHさんでも悲しむのかと、その時の私は素っ頓狂な感想を持った。
それから数日後もHさんはテレサテンを聴いていた。テレサテンのどこがいいのか聞いてみると、
「テレサの歌は疲れていれば疲れているほど心に沁みる。お前にはまだ分からんだろうが俺には沁みる、沁み過ぎる、世の中は疲れる事が多過ぎる」
実に深い説明をしてくれた。そういえば、このチンピラゾーンには考える人・変な人が多かった。尾崎豊に没頭している空手家、村上春樹に没頭しているプレボーイ、詩が好きな強面、いずれもチンピラであるが、どの先輩も変な方向に深かった。Hさんはその総帥である。深さにかけては他を寄せ付けない。色々な事で虚勢を張らねばならず、守らねばならないもの、捨てねばならないもの、考えねばならないもの、様々なものに青春時代の膨大な熱量を放出し続け、少しばかり疲れたのかもしれない。
あれから十五年、久しぶりにテレサテンを聞くと何ともいえない良い気持ちになった。
そうそう、Hさんと離れて五年ほど経った後、私が社会人になった直後であるが、東京池袋でテレサテンの歌を久しぶりに聞いた。ピンク系の店の待合室だったように記憶しているが、またもチンピラが泣いていた。テレサテンの歌はどうやらチンピラに効くようで、歌詞が云々というよりもその声を聞いた瞬間にグッとくる何かがあるらしい。
嘘や建前が蔓延する世の中、テレサテンのクリアな歌声、そして真っ直ぐな歌詞は私たち一般人にもよく響く。虚勢を張ったチンピラもテレサの前では泣き崩れる。それが今頃になって何となく分かった気がする。
しばし時の流れに身をまかせ回想の余韻に浸りたい。
今は歴史の積み重ねにある。

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